自治医大ケースにみる“学費貸与”の落とし穴 9年間勤務すれば返済免除だが後悔する医師も
「タダほど怖いものはないと身に染みた」と話すのは自治医科大学出身の60代の開業医。同大は私立に区分されているが、実質は公立に近い。へき地医療の医師確保を目的に、約半世紀前に都道府県が共同で設立した。入学金や授業料などの学費が貸与され、卒業後、指定された施設で9年間勤務すれば、返済を免除される。
「まさに貧乏人の頬を札束で引っぱたくようなシステム」とOBは振り返る。決して豊かではない家庭に育った同OBは、幼い頃からの夢である医師になりたい一心で東大理Ⅲと自治医大を受験。東大には合格できず、自治医大に進んだ。卒業後は出身地の自治体病院や山の中の診療所に勤めていたが、5年目に保健所への異動が命じられる。
「へき地ならまだしも、臨床から離れることに危機感を持った」というOBは辞令を拒否することを決断した。そのためには免除されていた学費を一括返済しなければならない。銀行など方々を駆けずり回り、なんとか用意した。
このOBが卒業したのは80年代前半。返済額は1700万円弱だった。現在の学費は当時よりだいぶ上がり、貸与額も2300万円となっている。これをまとめて返すのはそう簡単ではない。
■離島の診療所勤務になって一括返済を検討したが…
自治医大出身の30代勤務医は「離島の診療所にいた時は不安ばかり募った」と振り返る。
「医師としての技量を最もつけなければいけない時期に、指導してくれる先生もなく、ただ目の前の診療に追われる日々。このままでは取り残されると、真剣に一括返済を考えました」
銀行とも相談したが、色よい返事は得られなかった。「医師に対する信頼度は高く、以前は融資もそれほど難しくなかった。しかし近い将来、医師数過剰が予想され、審査も厳しくなっている」と都市銀行の融資担当は話す。
「カネがないことがこんなにみじめなのかと悔しくなった。自己負担額ゼロで医学部に行けると自治医大を選んだものの、無理してでも国公立大に行ったほうがよかった。そこでかかる費用くらいは自分で捻出できる。自治医大は全寮制なので、アルバイトすらままならない」
結局、そのまま離島生活を続け、数年前にようやく“年季が明けた”30代医師は逃げるように東京に出て、総合病院で働きだした。
この自治医大方式を真似て15年前に始まったのが「医学部地域枠制度」だ。へき地への医師を確保したい都道府県が負担し、医学部の学費を無料にする制度である。たとえば順天堂大の23年度医学部入試では定員140人中33人の地域枠を設けた。
「カネがなくても医者になりたいのならへき地へ行けという奴隷制度。お勧めできない」と前出の自治医大60代OB。かつて「貧乏人は麦を食え」と言い放ちヒンシュクを買った大臣がいた。本当に医療に従事したい意欲を持つ受験生が普通に医師になれる公平性が担保されるべきではないだろうか。
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