グラウンドキーパー池田省治さん「ふかふかの絨毯を子供たちに体験させ、日本に芝生文化を根付かせたい」
米国で最も有名なグラウンドキーパー、ジョージ・トーマ氏との出会いがきっかけに
■天然芝はめくれるからいい
──芝がめくれるのは、弱い芝だから?
そこもマスコミの皆さん、誤解されているところです。芝生はめくれるからいいんです。走ったり跳んだりスライディングしたりして負荷がかかった時、草がめくれて飛んでいくから人間の体がケガをしない。めくれるところが天然芝の利点なんですが、それを知らないから、芝生が少し傷むと、「芝生が弱い」といった批判が出てくるんです。
──グラウンドキーパーの最初の仕事は1989年。米国で最も有名なグラウンドキーパーで、スーパーボウル第1回から関わっているジョージ・トーマ氏との出会いがきっかけだった。
当時イベント会社を経営していて、芝生の仕事といえば高速道路ののり面に芝生の種を植え付けたことくらいしかなく、スポーツを楽しむためのこういう仕事があると知りませんでした。東京ドームで開催されたNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)のプレシーズンゲームの芝生管理の責任者として来日していたジョージ・トーマに基礎から徹底して教わり、グラウンドキーパーに魅せられた。この時の縁でスーパーボウルの芝生のメンテナンスクルーに参加し、スーパーボウルのグラウンドキーパーを23回経験。体で覚えて帰ってきて、その経験をウチのグラウンドキーパーに伝えています。
──東京五輪・パラリンピックの芝生管理も担当した。
開会式の養生シートの下には芝はなく、試合が始まるまでに張る必要があったのですが、開会式が終わってから試合開始まで4日間。開会式設備の撤去には2日間かかり、設営は試合開始3日前から始めないと間に合わないという。つまりわれわれが得られた時間は深夜のみ、夜10時から翌朝8時まで。他の会社のグラウンドキーパーも含めて全90人で芝生を一から張っていきました。
──どうやったのか。
本来は畑で芝生を収穫した後、根や地下茎を切って運搬するのですが、その状態で真夏にトラックに積むとストレスで真っ黄色になってしまうので、会場から1時間半ほどの距離に1カ月間仮置きし、回復した芝を根も地下茎も切らずに収穫して、ロールに巻いて大事に大事に運ぶ方法を選びました。7月だというのに冷夏、長雨で、運ぶ1週間前に芝生がようやく緑になり始めた。これはまずいんじゃないのと、紙一重のような気分でした。シミュレーションは私の頭の中だけ。本当にうまくいくのか、誰も経験がないからわからない。失敗していたら、ここにはいなかったでしょうね。
──池田さんにとって芝生とは?
もっともっと増やして、ふかふかした絨毯を子供たちに経験させたい。芝生文化を根付かせたい。小さい頃からいろんな芝で経験していれば、ペルシャ絨毯からリーズナブルな絨毯までその状態を体で覚え込み、「芝生がダメで技術が」とはならないはずです。
(聞き手=和田真知子)
▽池田省治(いけだ・しょうじ) 1952年、富山県生まれ。株式会社オフィスショウ代表。所属するグラウンドキーパーは35人。師匠ジョージ・トーマ氏の下、プロの矜持を学んだ。おのおのが責任と権限を持って仕事に最善を尽くすスタイルを踏襲している。管理するグラウンドは国立競技場、高円宮記念JFA夢フィールド、秩父宮ラグビー場、味の素スタジアムなど計43面、校庭・園庭など16カ所。アメリカNFLプロボウル15回、アメリカンボウル12回、イギリスNFL公式戦ウェンブリースタジアム12回、グラウンドキーパーを経験。米国同様のグラウンドキーパーを育てるべく現在に至る。