日ハム輝星“直球8割でも抑えられる”を科学データで謎解き
打者の予測を裏切ることに特徴が
――対戦した広島ベンチからは「スピンの効いた真っすぐだった」というコメントも出ていました。
「吉田選手のストレートは、スピン量だけでは説明できません。回転数だけを見れば、そこそこいいというレベルです。下向きの重力に逆らい、上向きの揚力が発生する要因は、回転数とバックスピンの両方にある。この2つがあるから、より大きな揚力が発生します。低めだと思った球が思ったより真ん中に来たり、前回の広島戦では真ん中から高めの球に対して、真ん中を振っている打者がいましたよね」
――広島の選手は「カット気味に曲がるストレートもあった」と。
「このボールは、外角に投げる際に生じるものです。吉田投手はシュート成分が少ないので、そのまま真っすぐ来る。打者はシュート気味にボールが来るはずだと思って打ちにいくわけですが、ちょっと外へ逃げていくような、伸び上がるような独特な軌道になっていると考えられます。ただ、実際はそうした変化をしているわけではなく、『あれ? 真っスラっぽいな。カットボールっぽいな』と思いこんでいるだけだと思います」
――目の錯覚ということですか?
「打者は最後まで球を見続けることはできません。経験によってコレクションされた感覚、知覚、認知による『予測のプログラム』によって補い、ここに来るはずだと思って打つ。吉田投手のストレートはその予測を裏切ることに特徴があると思います。投手の平均的な数字から外れている分、思ったよりキレがある、という形で打者はギャップを感じる。いろんな人が練習してもマネできないボールですから、個人的にはこのまま生かしてほしいと思います」
――吉田はリリースポイントが低いと言われています。
「これは彼の特徴だと思います。実際に約40人のプロ野球選手のリリース位置を計測したところ、平均は168センチでしたが、吉田選手はそれより下でしょう。下から来るボールは打者に対する入射角がかなり上向きになる。さらにボールのホップ成分が多いため、打者は高めの球がかなり伸びるように感じると思います。一方、高い位置から投げ下ろすと、角度はつくので打者が打ちにいこうとするとゴロになりやすい。吉田選手の場合は、下から来て揚力があるので、空振りやフライボールになる傾向があるでしょう」
――こうして、科学的にデータ解析していくと、これまで見えてこなかった評価すべきポイントが見えてきますね。
「これまでの野球界の評価は、『目』と『感覚』で行われてきました。例えば、上から投げ下ろすのがいいと考えられがちですが、下から球が来ることで上向きの入射角があるからいいという評価もできる。『真っスラ』に関しても、打者が普段見慣れていないため、すごくいいボールともいえる。そういうところにフォーカスを当てることで、常識にとらわれない野球の見方ができるかもしれない。『キレ』『伸び』『投げっぷりの良さ』という言葉は感覚的なものですが、目では見えない速い動きを科学的に分析することで、吉田投手の凄さを語れるようになってきたのかなと思っています」
▽神事努(じんじ・つとむ)1979年、長野県生まれ。中京大大学院でバイオメカニクス(生体力学)を専攻し、博士号を取得。国立スポーツ科学センター(JISS)のスポーツ科学研究部研究員、国際武道大助教を経て現職。「ネクストベース」社でエグゼクティブフェロー(主任研究員)を務める。