著者のコラム一覧
岡邦行ルポライター

1949年、福島県南相馬市生まれ。ルポライター。第3回報知ドキュメント大賞受賞。著書に「伊勢湾台風―水害前線の村」など。3・11後は出身地・南相馬中心に原発禍の実態を取材し続けている。近著に「南相馬少年野球団」「大島鎌吉の東京オリンピック」

経営難で…猪熊功氏は自宅で頸動脈を切る練習を繰り返した

公開日: 更新日:

「円谷にだってできたんだ」

 当時を横須賀高の後輩が語った。

「新宿の東海建設の社長室を訪ねると、壁には松前さんの写真が飾られ、それを見つつ海外の柔道事情を話してくれた。夕方になるとホテルニューオータニの久兵衛に行き、寿司をつまみながら酒を飲む。その後は銀座の高級クラブに出向く。ひと言で豪快な先輩でした」

 だが、90年代を迎えるとバブル経済がはじけ、東海建設の経営は一気に悪化。後ろ盾の総長の松前が91年に他界したことも、社長の猪熊が自殺する引き金となる。その経緯は、井上斌・神山典士著「勝負あり 猪熊功の光と陰」(河出書房新社)が詳述しているが、あまりにも大胆不敵だった。

「なーに、円谷にだってできたんだ。俺にできないはずはない」

 猪熊がそう言ったのは、自殺する2週間ほど前だ。円谷とは、64年東京オリンピックのマラソン銅メダリストの円谷幸吉のこと。68年1月にカミソリで首の頚動脈を切って自殺していた。

 その後の猪熊は、東京・世田谷の自宅に会社の側近を泊まらせ、連夜「自殺合宿」をした。あるときは脇差しの代わりに靴ベラを手に、鏡を前に首を突いて頚動脈を切る練習を繰り返す。顧問弁護士に遺書を書き、宅配便で送る用意をした。

 当初は自宅で命を絶つはずだったが、結局は会社の社長室を死に場所として選んだ。それというのも自殺すれば近所迷惑になるし、土地の価格も下落すると考えたからだ。

■負債総額200億円超

 2001年9月28日、猪熊功は脇差しで自刃した。

〈東京五輪柔道で金 猪熊さん自殺〉

 そう新聞が報じた9月30日、横須賀市の曹源寺で葬儀が行われた。戒名は「徳柔盈功居士」。12日後の10月12日、社長を務めていた東海建設は、負債総額200億円超で破産宣告を受けた――。

(次回は64年東京五輪マラソン銅メダルの円谷幸吉)

▼いのくま・いさお 1938年、神奈川県生まれ。横須賀高から東京教育大(現筑波大)に入学。59年と63年に全日本選手権優勝。65年に世界選手権無差別級優勝。66年に東海大を母体とする東海建設に入社。東海大柔道部強化に情熱を燃やした。

【連載】東京五輪への鎮魂歌 消えたオリンピアン

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