鈴木健吾がびわ湖毎日2時間4分56秒!日本記録連発の不思議
「自分が一番びっくりしている」
2月28日のびわ湖毎日マラソンで2時間4分56秒の日本新記録で優勝した鈴木健吾(25)はこう言ったが、驚いたのは本人だけではないだろう。ここ3年、びわ湖で2時間8分台以内を出した日本選手はたったの2人。「記録が出ない」と選手に嫌われている大会で、今回は2時間8分台以内がなんと28人。そのうち4人は6分台をマークし、2時間7分27秒の10位でゴールしたプロランナーの川内優輝も8年ぶりに自己記録を更新した。
■「距離不足か?」の声も
今大会は2022年から大阪マラソンと統合されることが決まっており、びわ湖を走るのは今年が最後。「記録を出して話題を集めようと、関係者が距離を短縮したんじゃないのか」という疑惑の声も聞かれたほどだが、日本人初の2時間4分台のレースを現地で観戦した元日本陸連副会長の帖佐寛章氏は「主催の毎日新聞は、“記録が出ないので有望選手が集まらない。だから来年から大阪マラソンと統合する”というが、びわ湖でも素晴らしい記録が出るではないか」と、今大会に長く関わってきただけに、コース変更にご機嫌斜めだった。
鈴木は宇和島東高から神奈川大に進学。3年の箱根駅伝でエース区間の2区で区間賞を取り、同年の日本学生ハーフマラソンで優勝。4年の全日本大学駅伝は最長の8区を走り、神大の20年ぶり3度目の優勝に貢献した。16年の大学3年時に大学長距離陣の強化策の一環であるオランダ遠征を引率した元陸連、日本学連、関東学連副会長の澤木啓祐氏が言う。
「世界のトップが参加するオランダ・ナイメーヘンの15キロレースで鈴木は、8つの丘がある難コースで日本人トップの44分18秒(8位)の好タイムでゴールし、仰天した。将来は世界で通用すると確信した。体が小さいので神大の大後(栄治)監督に『ウエートトレーニングをやらせた方がいい』と助言した。鈴木のウエートについては富士通に入ってからも、福嶋(正)監督に言っています」
■たった3年で4度の日本記録更新
それにしても、国内の男子マラソンは長い低迷期が嘘のように、このところ日本記録を連発している。02年のシカゴで高岡寿成(現カネボウ監督)が2時間6分16秒を出してから、15年以上も破られなかった記録は、18年東京で設楽悠太が2時間6分11秒で更新。そのわずか8カ月後にはシカゴで大迫傑が2時間5分50秒の日本人初の5分台に突入。大迫は昨年の東京でも自身の日本記録を塗り替える2時間5分29秒で、最後の東京五輪代表入りを果たした。そして1年後には鈴木の2時間4分台だ。2時間3分台が珍しくないケニア勢に比べると、まだまだではあるものの、飛躍的な進歩である。
高岡氏はかつて日刊ゲンダイの取材に、「誰かひとりが日本記録を出せば、自分も出せるという気持ちになる」と語っていた。まさにそのような相乗効果だ。
給水成分、厚底シューズ、ペースメーカー…
前出の澤木氏は「マラソンの日本記録連発」の理由についてこう語る。
「この2、3年で給水の成分が非常によくなった。栄養生化学などをもとにメーカーが開発。例えば、エネルギーのもととなるグリコーゲンが多く取れるようになり、パフォーマンス向上と疲労度が軽減された。さらに、厚底と呼ばれる高性能シューズの登場もある。軽量かつ、傾斜のついたソールは重心が前にかかる形状になっているので、走りやすい。自分の走法に合わない人も稀にはいるが、多くの選手は慣れてきたのでしょう」
駅伝やマラソン界でブームを巻き起こした「厚底」は、踏み込んだ脚が反発する機能もある。脚筋力のあるランナーは自分の身長とほぼ同じといわれる歩幅が3~5センチも伸びるともいわれている。2~3センチでも、42.195キロのフルマラソンでは影響が大きい。
澤木氏は「今大会に関しては、スタート時の気温7度、湿度57%、風は1.2メートルでコンディションも最高でペースメーカーも完璧な仕事をしました」とも言う。近年のペースメーカーは30キロまで1キロ2分58秒と以前より速いペースを刻み、ゴール設定タイムは2時間5分10秒前後になっている。今回のように優秀なペースメーカーなら選手の記録を後押ししてくれるのだ。
■“ニンジン作戦”でモチベーション上がる
このようにもろもろの条件が重なったことで、国内男子マラソンは急速にレベルが上がったわけだが、ある実業団の監督は「設楽が18年に日本記録を更新したことでマラソン界に火がついた。すべてはニンジン作戦のおかげ」といった。
15年3月、日本実業団陸上競技連合は20年東京五輪のマラソンでセンターポールに日の丸を掲げることを目標に、国内記録更新者に1億円の報奨金を出す制度を発表。レベルアップのために選手の目の前にニンジンをぶら下げたのだ。
「前代未聞の企画に若い選手の目の色が明らかに変わりました。トラック専門の選手がマラソンに転向したいと言ってきたほどです。1億円ボーナスはそこそこの記録を持つマラソン選手のモチベーションを格段に高め、全体の底上げにつながった」(前出の監督)
新型コロナで1年延期になった東京五輪の開催可否はどうなるかわからない。それでも札幌が舞台のマラソンでメダルに淡い期待を抱く人が増えたことは間違いないだろう。