松山英樹マスターズ涙のV 日本人初、分厚い壁打ち破る快挙
【マスターズ】最終日
ついに歴史が動いた。
8年連続、10回目出場の松山英樹(29)が悲願のグリーンジャケットを手にした。最終日は2位に4打差をつけて、通算11アンダー単独首位からスタートし、4バーディー、5ボギーの73。通算10アンダーで初優勝。日本人では史上初めて4大メジャーのひとつを制した。
前日のムービングサタデーは雨天中断もありながら、ボギーフリーの65と爆発し、完璧なゴルフを見せた。しかし、3番ウッドを手にした1番は、第1打を右の林に打ち込みいきなりボギー。不安を感じさせる出だしだった。
これまで数々のドラマが繰り広げられてきたオーガスタ。1996年には、G・ノーマンが6打差首位から大逆転負けを喫し、2011年にはR・マキロイも4打差スタートで涙をのんだ。16年は連覇を狙ったJ・スピースが2位に5打差をつけながらアーメンコーナー(11~13番)で崩れて散った。
しかし、この日の松山は違った。2番パー5のバーディーでバウンスバックに成功。第1打をバンカーに入れた5番パー4はパーオンを逃したものの、5メートルのパーパットを沈める。下位がスコアを伸ばせず苦しむ中、8、9番で連続バーディーを決め、2位のW・ザラトリス(24・米国)以下に5打差をつけてバックナインへ向かった。
いくつも悲劇を生んできたアーメンコーナーは1バーディー、1ボギーと無難に通過。肝を冷やしたのは15番だ。第2打はグリーン奥に大きく外して池ポチャ。ボギーとして通算12アンダーに後退。12番から4連続バーディーの同組X・シャウフェレ(27・米国)に2打差に迫られる。しかし、そのシャウフェレは16番の第1打をグリーン左サイドの池に落とし万事休す。
松山も16番で12メートルから3パットのボギーとし通算9アンダーのザラトリスと2打差、残り2ホールに重圧がかかった。
最終18番で、2メートルのパーパットを外すが、唯一2ケタアンダーで優勝。キャディーやスタッフと抱き合い、アテストに向かう目は涙で潤んでいた。
2011年、東北福祉大2年時に初出場。ベストアマ(27位)に輝いた。13年にプロ転向後は、15年(5位)、16年(7位)はベスト10入り。予選落ちは過去9度で1回。それでも優勝とは無縁だった。
1936(昭和11)年の第3回に戸田藤一郎、陳清水が日本人で初めて招待されてから85年。尾崎将司、青木功、中嶋常幸という名手が何度も苦汁をなめ、オーガスタでの日本人ベストフィニッシュは09年片山晋呉の単独4位。松山が20代最後の大会で新たな歴史を刻んだ。
松山英樹のコメント
ホントは18番で(ガッツポーズを)やりたかったんですけど、表彰式でできてよかったです。
自分のベストを尽くすことだけを考えて、14アンダーから15アンダーまでいけば追いつかれないと思ってやってました。1番のボギー? ティーグラウンドに行くまで普通だったんですが、立ったらすごく緊張してきて。2番のいいティーショットで落ち着きました。緊張で簡単にバーディーが取れる状態じゃなかったのでミスをしないようにやっていました。
ボクが(メジャーに)勝ったことで、この先、日本人が変わるんじゃないか。ボクももっと勝てるように頑張りたい。