1点もやれない九回裏無死一塁2ボールでマウンドに…うそー? 本当にここで投げるのか?
「10.19」の前年、1987年8月、吉井理人が藤井寺球場の南海戦でプロ初勝利を挙げた試合後のことだ。
箕島高(和歌山)から83年のドラフト2位で近鉄に入団。プロ4年目の初勝利だっただけに感慨もひとしおだったに違いない。私は当時、ルーキーだった。
藤井寺の寮で一緒に食事をしていた吉井はうれしさ全開。二軍の首脳陣のひとりには、フツーに食事をしているにしては意気揚々として少しテンションが高く映ったようで、クギを刺しにきたのだろう。
「勝ったことはメデタイけど、あの辺はまだまだやなぁ」
「1勝したくらいで浮かれとったらアカンぞ」
そんな趣旨のことを吉井に向かってしばらく言い続けた。吉井も最初は、はい、はいと我慢して聞いていたものの、小言は延々と続いた。そばで聞いていた私も、さすがに初勝利を挙げたばかりのタイミングで言うことではないと思い始めた直後だった。
吉井は持っていたハシをバーンと投げると、その首脳に殴りかかるような勢いでイスから立ち上がった。