外国出身初の横綱・曙さん死去 相撲道追究した栄光と挫折
またひとり、偉大な横綱がこの世を去った。
昨11日、相撲協会は第64代横綱・曙太郎さんが4月上旬に死去していたことを発表。享年54歳だった。
1969年、米国ハワイ州オアフ島出身。日本国籍を取得する前は「チャド・ローレン」が本名だった。
大学ではバスケに精を出すあまり中退。そんな時、同じハワイ出身の東関親方(元関脇高見山)にスカウトされ、1988年3月場所で初土俵。同期は若乃花・貴乃花の若貴兄弟、大関魁皇(現浅香山親方)、小結和歌乃山など、そうそうたる顔ぶれだった。
十両昇進、新入幕こそ貴乃花に先を越されたが、初土俵から18場所連続勝ち越しの史上最多記録を更新。ライバルより先に三役に昇進した。ちなみに曙さんが塗り替えた初土俵からの勝ち越し記録の前保持者は、貴乃花の父である貴ノ花の17場所というのも因縁めいている。
93年に外国出身力士として初の横綱昇進。203センチ、233キロの巨体を武器に、若貴兄弟の壁として立ちはだかった。通算優勝回数は11回。世間では小錦、武蔵丸(現武蔵川親方)と共に「若貴兄弟にとっての敵役(ヒール)」という位置づけだったが、それでも当時の土俵をけん引したことは確かだ。