古巣凱旋の大谷がエンゼルスに抱く複雑心境…育ててもらった恩あれど、残留交渉にはガッカリ
同じロサンゼルスに本拠地を置くエンゼルス-ドジャース戦は「ハイウエーシリーズ」と呼ばれる人気カードだ。
が、今季、ア・リーグ西地区最下位に低迷、1試合平均の観客動員数がメジャー16位の3万861人のエンゼルスタジアムに4万4731人もの観客が押し寄せた理由はそれだけじゃない。
日本時間4日のドジャース戦は昨季までエンゼルスの看板選手だった大谷翔平(30)が、レギュラーシーズンでは初めて凱旋したからだ。
試合前のスコアボードには「Welcome Back SHOHEI OHTANI」の文字。スタンドから「MVPコール」や、なぜ出て行ったというブーイングが飛び交う中、初回、打席に向かう大谷の脳裏をさまざまな思いがよぎったのは想像に難くない。
「アナハイムのファンの方々の前でプレーできるというのが一番、本当に感謝しかない。ここでプレーできたのは自分にとって大きなことだったと思う」
この日は1点を追う三回、右翼線に適時三塁打を放つなど4打数1安打1打点。21年の自己最多100打点にあと1と迫る99打点目をマークしたが、単にファンへの感謝にとどまらず、「自分にとって大きなことだった」のは理由がある。
大谷にとってエンゼルスは、「ベーブ・ルース以来の二刀流」として2度のMVPや本塁打王を獲得するまでの選手に育ててくれた球団だからだ。
渡米1年目、2018年のオープン戦は散々だった。打っては32打数4安打(打率.125)、0本塁打、1打点。投げては計2回と3分の2で9安打、9失点、防御率27.00。メジャー挑戦の際、大谷の希望する大きな条件が投打の二刀流にチャレンジすることだったらしいが、「大谷は25歳ルールによってマイナー契約だったこともあり、これが東海岸のヤンキースやレッドソックスだったら開幕は間違いなく3Aで迎えたでしょう。やかましいファンやメディアが黙ってませんよ。それでもエンゼルスが開幕から投打で使い続けたのは、ファンやメディアが寛容だったことが大きい」とは特派員のひとりだ。