「蜃気楼『長嶋茂雄』という聖域」織田淳太郎著
彼はなぜ、これほど多くの人に愛されるのか。光り輝く善意のスーパースターに、陰の部分はないのか。もしあるとしたら、メディアはなぜ、それを黙殺してきたのか。取材記者として、長嶋を追い続けてきた著者が、「長嶋茂雄という聖域」に踏み込んで、その全体像をつかもうと試みた異色の人物論。
ある巨人軍OBは、長嶋のことを「底知れぬ空」にたとえたという。天才的なスーパースター像は、国民的人気を背景にメディアがつくり出す虚構によって、蜃気楼のように無限に膨らんだ。称賛あるのみで、スキャンダルはタブー。メディアは長嶋の何を伝えてこなかったのか。著者はあえてそれを探ろうとする。
美貌と才気を持ちながら、決してメディアに登場しなかった亜希子夫人の真意。偉大な父の背中を追った長男、一茂の苦悩。近しい人でさえ知らない長女の消息。長嶋茂雄の後見人を自称した男の暴かれた本性……。いつも明るくポジティブなミスターの、孤独と悲哀が垣間見えてくる。
亜希子夫人は、2度目の監督就任に反対した。若いころ外交官志望だった夫人は、現役を離れた夫とともに「自由に、世界に羽ばたく夢」を持っていたという。しかし現実は、「読売巨人軍終身名誉監督」の称号のもと、長嶋は生涯、読売という巨大組織にしばられることになった。脳梗塞の後遺症を抱えながら、今も「長嶋茂雄」であり続けている。