あの日から5年 忘れてはいけない「3.11特集」
「潮の音、空の青、海の詩」熊谷達也著
東日本大震災から5年。その間にさまざまな〈震災小説〉が生まれた。紹介する5冊に共通するのは、「忘れてはいけない」という強いメッセージだ――。
川島聡太は東京で勤めていた会社が倒産し、現在は仙台で予備校の講師をしている。そして3月11日。そこで目に飛び込んできたのは津波にのみ込まれる古里の仙河海市の映像だった。仙河海市は宮城県の北の外れの港町。聡太は両親の安否を確かめるために古里へ向かうが、変わり果てたその姿を目にして言葉を失う。古里に対して逃げるような気持ちを抱えていた聡太だが、もう一度この地で暮らすことを決意する。
第2部は2060年の仙河海市。再び大津波に襲われた海岸には巨大な防潮堤が築かれて、85歳になった聡太はある計略を巡らす。そして、第3部はまた時間が戻り、震災から3年を迎え復興に向かう仙河海の人々の姿が描かれる。
実体験も踏まえ、被災者が何を感じ、どう生きたかを書かずにおれない著者の切迫した思いが伝わってくる長編。(NHK出版 1900円+税)
「還れぬ家」佐伯一麦著
早瀬光二は高校生のときに親への反発から家出同然で故郷の仙台を離れ上京。現在は実家のそばに居を移し、作家を生業としている。83歳の父親が認知症と診断されたのは2008年3月11日。そして亡くなるのは翌年の3月10日――。その1年にわたる父の介護の模様が過去の両親や兄との確執を差し込みながら半自伝風に描かれていく。
その連載中に、著者は東日本大震災に遭遇。物語は08年の8月の時点まで進んでいたが、「大震災によって、小説の中の時間も押し流されてしまった」。
以後、震災後の母と光二夫妻の行動が現在進行形で語られていく。主人公らが行く先々には、くしくも余儀なく「還れぬ家」となってしまった多くの人々がいた。まさに震災によって生み出された作品である。(新潮社 2300円+税)
「海は見えるか」真山仁著
東日本大震災の2カ月後、被災地での教員不足の声に応えて小野寺徹平は神戸市から応援教師として遠間第一小学校へ派遣された。小野寺自身、阪神・淡路大震災の被災者で妻と娘を失っているが、その明るく真っすぐな性格で生徒にも同僚にも慕われていた。
震災から1年、新年度が始まったが、復興は遅々として進まず、生徒の間にはPTSDの症状を見せる子も出てきた。文通していた自衛隊員の自殺を止められなかったのは自分のせいだと悩む少女。少年野球のホープとして町中から期待を寄せられていた兄弟が抱える苦悩。亡くなった妹に対する罪責感にさいなまれる優子……。
小学校を舞台に、心の傷を抱えながらも明日への希望をつなごうとする人たちの真摯な姿を丁寧にすくいとっていく。(幻冬舎 1500円+税)
「ムーンナイト・ダイバー」天童荒太著
大震災から4年半近く経った立待月の夜、避難指示区域すぐそばの漁港から一艘の漁船が照明に照らされた建屋の沖合に出る。ポイントに着くと瀬名舟作はウエットスーツに着替え漆黒の海へ潜っていく。ある会の要請で、立ち入り禁止海域で津波で押し流されて海底に沈む住民の思い出の品々を捜しているのだ。
ただし、金品、宝石の類いは持ち帰らないことがルール。舟作はこの町の元漁師。津波で両親と兄を亡くしており、現在は関東の太平洋岸でダイビングのインストラクターを務めている。ある日、会の一人から奇妙な依頼を受ける……。
舟作は危険な夜の海へ潜るたびにこの品々の持ち主だった人たちのことを思い、品を手にする遺族の感情にも思いを馳せる。その姿は祈りにも似て、心を深く揺さぶる鎮魂の書となっている。(文藝春秋 1500円+税)
「恋する原発」高橋源一郎著
■震災の本質に肉薄
AV(アダルトビデオ)制作会社で働く〈おれ〉が、社長に東日本大震災のチャリティーAV「恋する原発」を作れと命じられ、そのメーキング場面が断片的に語られていくという趣向だが、筋らしい筋はない。
全編にわたって、英語でいうフォーレターワーズ(4文字言葉)のオンパレード、実在の人物に「似ている」政治家やキャラクターが次々に登場しては濡れ場を演じていくが、性器の話に仮託して「誰もそのことを口にしたがらない」「本質的ななにか」を見抜かねばならないといった文言が差し挟まれもする。これが発表されたのは震災から半年後。その真意は物語の間に挿入された「震災文学論」に明白だが、9・11後のスーザン・ソンタグと同様、あえて顰蹙を買いながら事の本質に迫ろうとした、著者の熱量が伝わってくる。(講談社 1600円+税)