「日本まじない食図鑑」吉野りり花氏
鳥取市では毎年12月8日に「八日吹きのうそつき豆腐」を食べる風習がある。豆腐を焼いて田楽にしてゆず味噌をつけたもので、「一年分のうそが帳消しになる」といわれている。
「商売のためにうそをついた商人が、うそを帳消しにしてもらうため、参拝していたという京都の呉服問屋の風習が起源です。それが鳥取では、なぜうそを消すために豆腐を食べることになったのか。呉服問屋のまかないで食べられていた豆腐を食することで“真っさらにする”と考えたという説があります。かつて鳥取では魚が捕れずタンパク源が少なかったため、畑作地帯で大豆を作り、豆腐がよく食べられていたからともいわれます」
本書は、旅ライターの著者が企画から7年かけて全国各地の民俗行事を調べて訪ね、伝統食を食して厳選35食をまとめた「食図鑑」だ。〈まじない食〉とは、いまも全国に存在する縁起を担いだ“食べるおまもり”を意味する。
「商売繁盛や無病息災、私たちの祖先はどんなことを願っていたのか。それを知りたくて、祈りを込めた食べ物を取材してきました。そこから見えてきたのは、土地の歴史や商売の知恵、病気をしない食選びに至るまで、先人の風習や伝統文化の総合だということ。加えて地産の食材を食べさせるための知恵だったのかもしれないし、商売上の知恵もあったかもしれません。各地で少しずつ異なるまじない食ですが、病よけのまじない食は全国共通で、暑さ寒さが厳しい夏と冬に集中しているんです。そこで選ばれる食材は、非常に理にかなっているんですよ」
ミネラル、栄養分が豊富で利尿作用があるキュウリは、夏のまじない食の代表格だ。水分が90%以上で腐りやすく、土に返りやすいため、無病息災など身代わり食材に選ばれてきた。
ほかにも「こんにゃく」は睾丸の砂おろし、といわれている。食物繊維が豊富で体の掃除をする働きがある。「しょうが」は殺菌作用や薬効があり、八王子の秋祭りで食べられている。
郷土食を使ったまじない食もある。山梨県の「ほうとう」だ。1750年ごろから続いている、毎年7月に行われるほうとう祭り(北杜市須玉町)では、小豆ほうとうが振る舞われる。五穀豊穣を祈り、この日だけ食べられる儀礼食だ。
金運アップの願いが込められたまじない食があるのは、岐阜県だ。日本三大稲荷のひとつ、千代保稲荷神社(岐阜県海津市)がそれ。
「通称、おちょぼ稲荷は、お稲荷さんに油揚げをお供えしたあと、お下がりにもらって食べると、商売繁盛や金運につながると言い伝えられています」
自分の願いに合わせて食の旅がしたくなる一冊だ。(青弓社 2000円+税)
▽よしの・りりか 鹿児島県生まれ。フリーランスライターとして、日本の旅や食文化のエッセー・コラムを執筆。「NIKKEI STYLE」「大人のレストランガイドNEWS」などに連載をもつ。