安倍は「ストーカー男」のように原発に執着
「日本はなぜ原発を拒めないのか――国家の闇へ」山岡淳一郎著
原発投資を失敗した東芝が上場廃止から解体に向かいつつある。福島第1原発事故を起こした東京電力は事実上破綻し国有化された。原発事故の避難者は置き去りにされ、20兆円から70兆円もかかる「廃炉」はおろか汚染水すら処理のめどが立たない。六ケ所再処理工場や核燃料サイクルも事実上破綻し、「10万年」もの管理を要する核のゴミの行方が決まろうはずもない。何と言っても、3.11を経験した私たち国民の8割は脱原発を求めている。
こうして、今や日本の原発は全方位で崩壊状態にあるにもかかわらず、日本は、いや安倍政権は「ストーカー男」のように原発に執着し、電力会社はひたすら原発再稼働に突き進み、国が立ち上げたエネルギー基本計画改定の審議会では原発新増設を求める声ばかりだった。なぜなのか。
かつて「日米原子力協定のために日本は脱原発できない」という議論も見られたが、本書は、そうした大ざっぱな俗論には立たず、「国家の闇」に一つ一つ丹念に光を当てながら、絡み合った要因を読み解いてゆく。
電力会社が脱原発によって債務超過に陥る恐れ、国策民営が生み出した「政官財学報の原子力ペンタゴン」、いわゆる原子力ムラ、潜在的に核武装できるオプションを持とうとする政治的な野心、そして原発に依存した自治体の国策依存。
本書は、こうした原発のまわりに政治の固い殻が取り巻いていることを明らかにした上で、これらがいずれも政治的な意思と建設的な政策によって解き放たれることを、南相馬市など具体的な事例を挙げつつ解説してゆく。
すでに原発は、衰退産業から死のスパイラルに入った。廃炉から再興へ、そして海外では発電価格で3円を切った太陽光発電など世界的な成長産業である再生可能エネルギーへと、「大局を踏まえた選択へ、民意は静かに燃えている」(同書)。