味わい深いアンソロジー本特集
「文豪妖怪名作選」東雅夫編
秋の夜長、巨編、長編小説に挑むのもいいが、気のおもむくままに好きな作品から読み始められる短編集を手にするのもまた楽しい。コース料理とアラカルトの違いのように、それぞれに味わいがある。今週は、お薦めアンソロジー5冊をどうぞ。
明治から昭和にかけて活躍した文豪たちが残した妖怪変化をめぐる作品のアンソロジー。
当時のイラストを添えて紹介される尾崎紅葉の「鬼桃太郎」は、誰もが知る昔話の後日譚。桃太郎に征服され、宝を奪われた鬼ケ島の王鬼が、日本を征伐し、桃太郎の首とともに宝を奪い返してくるよう触れを出す。かつて鬼ケ島の城門の守衛を務め桃太郎一行の侵入を許してしまった夫婦は、名誉を挽回したいが、体が思うように動かない。桃太郎の出自を伝え聞いた妻が夜叉神社に祈願すると、水際で流れてきた苦桃を拾う。夫婦は、苦桃の中から出てきた青鬼を苦桃太郎と名付け、桃太郎討伐に向かわせる……。
その他、宮沢賢治の「ざしき童子のはなし」、柳田国男の「獅子舞考」など全19編を収録
(東京創元社 860円+税)
「小川洋子の陶酔短篇箱」小川洋子編著
人気作家が独自の審美眼で選んだ珠玉の短編作品を収める作品集。
寺に精進料理を食べに行った2人組が、池に現れた男カッパから、300年来の恋人である女カッパと最近、閨の営みがうまくできないと相談される川上弘美著「河童玉」や、胸の切開手術を受けることになった伯爵夫人が心に持つ秘密がうわ言で漏れ伝わるのを恐れて、麻酔なしでの手術を希望する泉鏡花著「外科室」、猫の耳に「切符切り」で穴を開ける行為を夢想する男の夢に出てきた猫の足を化粧道具に使う女の話をつづった梶井基次郎著「愛撫」など。
時代を超えて集められ、1冊に閉じ込められた16作が、それぞれに化学反応を起こし、読者に新たな読書の喜びをもたらしてくれる。
(河出書房新社 860円+税)
「短編伝説 めぐりあい」集英社文庫編集部編、赤川次郎ほか著
共に28歳の芳江と京子は、2人でカウンターだけの小さなバーを経営。京子には5歳年下の学という恋人がいるが、芳江は恋人と別れてしばらく経つ。
2人はひそかに貧乏神と呼んでいる客・山崎が気になるが、知人から実は彼は殺し屋だと聞き、耳を疑う。
しかし、そう聞くと、常連客の下山と井上は山崎を追う刑事のようにも見える。そんなある夜、山崎に続いて泥酔した学が店に現れる。(半村良著「ふたり」)
そのほか、男女の11年ぶりの再会を描いた大沢在昌の掌編「Wednesday」や、両親の留守に父親の隠し子を連れてきた女性に翻弄される14歳の少年を主人公にした宮部みゆきの「この子誰の子」など、人生の「めぐりあい」をテーマに人気作家13人が競演するアンソロジー。
(集英社 780円+税)
「文豪エロティカル」末國善己編、芥川龍之介ほか著
文学史にその名を残す巨匠たちが性愛をテーマに描いた短編集。
映画女優の由良子の夫・中田が29歳の若さで病死。映画監督だった中田は、自分を見いだしてくれた恩人でもあり、由良子は最期まで体を求めてきた夫の欲望に献身的に応えた。
数日後、由良子は夫の遺書を見つける。遺書には、夫がレストランで相席になった男と過ごした一夜のことが記されていた。その男は、スクリーンに映る由良子の肢体をその細部まで脳裏に刻んでおり、言葉で表現するだけでなく、絵に描いて再現したという。その上、自分も由良子とそっくりな妻がいると言い出し、興味を抱いた中田は夫妻が住む山腹の洋館まで訪ねて行ったという。(谷崎潤一郎著「青塚氏の話」)
そのほか、太宰治、堀辰雄、坂口安吾など、10人の巨匠たちの想像力を刺激する表現力に脱帽。
(実業之日本社 593円+税)
「きみは嘘つき」彩瀬まるほか著
若手女性作家6人の「嘘」をテーマにした作品を編んだアンソロジー。
古ぼけた木造アパートの前で、倫子は手嶋の帰りを待ちながら、スマホに彼への思いをつづる。しかし、手嶋は決してその文章を読むことはない。倫子は手嶋のメールアドレスさえ知らないのだ。
倫子は高校の同級生だった手嶋のことを37歳になる現在まで思い続けてきた。あの日、故郷から遠く離れたこの街で、歩いてくる手嶋を見て、すぐに彼だと分かった。だが、手嶋は同級生だと気づかずに倫子に道を尋ねてきた。倫子は、置引に遭い、一文なしだという手嶋に、この再会が結婚に結び付くことを夢想しながら、同級生だとは名乗らず、金を貸すことに。しかし、連絡先を交換するとき、手嶋は本名とは異なる名前を口にする。(寺地はるな著「恋の値段」)
(角川春樹事務所 600円+税)