「演技する道化 サダキチ・ハートマン伝」田野勲著

公開日: 更新日:

 長年にわたって20世紀のアメリカ文化を研究してきた著者は、資料の中でしばしばサダキチ・ハートマンの名と出合った。芸術について熱い論評を繰り広げるこの男は一体、何者なのか。その足跡をたどる旅が始まった。

 サダキチ・ハートマンは幕末の長崎、出島で生まれた。父はドイツ人貿易商で母は日本人。生後間もなく母が病死し、父の故郷であるドイツ・ハンブルクで育つ。14歳のとき、叔父を頼ってアメリカ・フィラデルフィアに移住。新天地で芸術に目覚めていった。17歳のとき、近くの町に住む著名な詩人、ウォルト・ホイットマンを訪ね、50歳近い年の差を超えて交流が始まった。また、ヨーロッパを旅しては、芸術家たちと接点を持った。

 その後、ボストン、ニューヨークと拠点を移し、放浪者のような生活を続けながら多彩な活動を展開する。詩や小説や戯曲を書き、美術評論家として論陣を張り、前衛思想家として過激な発言を繰り返す。アメリカ美術史や日本の美術に関する著作をまとめ、ジャポニズムの伝道師ともなった。

 だが、この才能あふれるボヘミアンの先駆的な業績は、評価されなかった。その大きな理由は、彼が希代の問題児だったからだ。借金の常習犯、2度の逮捕歴、悲喜劇的な女性遍歴、恩人とのトラブル。こうしたネガティブな側面を差し引いても、彼の業績は正当に評価されるべきではないのか。そうした思いに駆られて、著者はハートマン研究に力を注いだ。そこから浮かび上がってきたのは、終生、「喜劇」の仮面をつけて道化を演じ続けた男の姿だった。ハートマンの正妻ベティーは、晩年こう語っているという。

「彼は4分の3は天才で、4分の1は悪魔でした」

 既成の秩序を無視して人生を駆け抜けたボヘミアン。彼の人生をたどることによって、19世紀後半から20世紀前半にかけてのアメリカ文化の様相も浮かび上がってくる。(ミネルヴァ書房 7000円+税)


最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人が戦々恐々…有能スコアラーがひっそり中日に移籍していた!頭脳&膨大なデータが丸ごと流出

  2. 2

    【箱根駅伝】なぜ青学大は連覇を果たし、本命の国学院は負けたのか…水面下で起きていた大誤算

  3. 3

    フジテレビの内部告発者? Xに突如現れ姿を消した「バットマンビギンズ」の生々しい投稿の中身

  4. 4

    フジテレビで常態化していた女子アナ“上納”接待…プロデューサーによるホステス扱いは日常茶飯事

  5. 5

    中居正広はテレビ界でも浮いていた?「松本人志×霜月るな」のような“応援団”不在の深刻度

  1. 6

    中居正広「女性トラブル」フジは編成幹部の“上納”即否定の初動ミス…新告発、株主激怒の絶体絶命

  2. 7

    佐々木朗希にメジャーを確約しない最終候補3球団の「魂胆」…フルに起用する必要はどこにもない

  3. 8

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  4. 9

    フジテレビ「社内特別調査チーム」設置を緊急会見で説明か…“座長”は港社長という衝撃情報も

  5. 10

    中居正広「女性トラブル」に爆笑問題・太田光が“火に油”…フジは幹部のアテンド否定も被害女性は怒り心頭