「ストックホルムへの廻り道 私の履歴書」大村智著

公開日: 更新日:

 微生物が作り出す有用な抗生物質の研究によって、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した化学者・大村智は、昭和10年、山梨県の山村に生まれた。5人兄弟姉妹の長男で、活発な子供だった。泥んこになって野山を駆け回り、川で遊び、家の農作業を手伝った。体育は優。親に勉強しろと言われた記憶はない。

 韮崎高校時代も、山梨大学に進んでからも、スキー三昧。卒業後は自分の時間が持てそうな夜間高校教師の道を選び、理科と体育を教えていた。

 そんな大村に転機が訪れる。ある日、生徒の一人である町工場の工員が、試験の時間に遅れてきた。答案を書く彼の手は、油で黒く汚れていた。彼は懸命に働き、学んでいる。自分は今まで何をやってきたのだろう。一念発起した大村は、やりたかった化学の研究をしようと、東京理科大学で学び直し、北里研究所に入所する。その後、米国コネティカット州のウエスレーヤン大学に留学。一流の研究者たちに出会い、ノーベル賞につながる研究は、ようやく端緒についた。

 研究成果を実用化するには、企業との共同研究が不可欠と考えた大村は、日米の企業を訪ねては夢を語り、支援を得て、共同研究に取り組んだ。そして、北里研究所のスタッフと共に猛烈な勢いで土壌に生息している有用な微生物を見つけ出していく。

 そうした微生物のひとつから、寄生虫を殺す物質が見つかった。エバーメクチンと名付けられたこの物質から、熱帯の人がかかる寄生虫病、オコンセルカ症の治療薬が作られた。そして、WHOの主導のもと、撲滅運動が展開され、大きな成果を上げた。

 山村に生まれ、土と親しんで育った化学者は、土の中の微生物と根気よく付き合い、多くの人を救ったのである。(日本経済新聞出版社 1600円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大谷翔平の28年ロス五輪出場が困難な「3つの理由」 選手会専務理事と直接会談も“武器”にならず

  2. 2

    “氷河期世代”安住紳一郎アナはなぜ炎上を阻止できず? Nキャス「氷河期特集」識者の笑顔に非難の声も

  3. 3

    不謹慎だが…4番の金本知憲さんの本塁打を素直に喜べなかった。気持ちが切れてしまうのだ

  4. 4

    バント失敗で即二軍落ちしたとき岡田二軍監督に救われた。全て「本音」なところが尊敬できた

  5. 5

    大阪万博の「跡地利用」基本計画は“横文字てんこ盛り”で意味不明…それより赤字対策が先ちゃうか?

  1. 6

    大谷翔平が看破した佐々木朗希の課題…「思うように投げられないかもしれない」

  2. 7

    大谷「二刀流」あと1年での“強制終了”に現実味…圧巻パフォーマンスの代償、2年連続5度目の手術

  3. 8

    国民民主党は“用済み”寸前…石破首相が高校授業料無償化めぐる維新の要求に「満額回答」で大ピンチ

  4. 9

    野村監督に「不平不満を持っているようにしか見えない」と問い詰められて…

  5. 10

    「今岡、お前か?」 マル秘の “ノムラの考え” が流出すると犯人だと疑われたが…