「沸点桜」北原真理著
第21回の日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作である。ハードボイルドである。この新人賞受賞作で、ハードボイルドで、女流作家ということで、第10回の海野碧著「水上のパッサカリア」を連想するのは当然だ。問題はあの傑作に匹敵するのかということだが、十分に健闘している。
新宿・歌舞伎町の風俗店でセキュリティーを担当しているコウは、店の金を持ち逃げした、淫乱で狡猾な美少女ユコを連れ戻すことを、店を仕切る元情夫に命じられる。それがこの長編の発端だ。
そこからどういう物語が始まっていくのかは、読んでのお楽しみにしておく。ここに書くことが出来るのは、これが逃亡と戦いの物語だということだ。追ってくるものからヒロインは必死に逃げ続けなければならない。しかし大事な人を守るためなら戦いも辞さない。コウは強く、たくましいヒロインだ。家庭の愛に恵まれず、教育を受ける機会も剥奪されたヒロインが、弱者をいたぶる悪党たちと戦う姿は美しい。
物語の大半は1993年の出来事だが、2017年の「現在」が短く何度も挿入される構成もいい。その「現在」でコウは、桜子という少女から「おばさん」と呼ばれている。では、コウは無事に逃げきったということだ。しかしこの桜子とは誰なのだ。「現在」がわかっても、サスペンスが減じるどころか、むしろ盛り上がっていることに留意。新人のデビュー作とは思えないほど、うまい。(光文社 1500円+税)