テーマは隠れ過労自死 「風は西から」村山由佳氏に聞く
「2年ほど前に全国地方紙で連載を始めたんですが、あれから時代がどんどん作品のテーマに寄ってきた感じがします。当時、電通やNHKの過労自死事件は発覚していなかった。でも連載中、似たような事件が次々に起きて……。これが例えば製品製造上の欠陥とかだったら、もっと早々に対策がとられて、ここまで続かないと思うんです。しかも、年間3万人以上の自殺者のうち、過労自死と明らかにされたのはほんの一部ですよね。背後には、隠れ過労自死がきっとたくさんあるはずです」
青春・恋愛小説の名手として知られ、最近は「ダブル・ファンタジー」など官能的作品への評価も高い。そんな著者が本作のテーマに選んだのは「過労自死」。恋人を過労自死で亡くした女性が、大企業相手に真っ向から闘うという、初の社会派小説だ。
映画「エリン・ブロコビッチ」のようにヒロインが巨悪と闘う話を書きたいと考えていたとき、ちょうど報道されていたのが大手居酒屋チェーン社員の過労自死事件だったという。
物語は、くすぐったいほど幸せそうなカップルの日常から始まる。夢と希望をもった、ごく普通の若者である健介と千秋。健介は故郷・広島で両親が営む居酒屋を継ぐため、修業のつもりで大手居酒屋チェーンに入社する。
しかし、そこはブラック企業だった。健介が自死にまで追い詰められていく過程が、息苦しいほどの圧倒的リアリティーで描かれる。
「連載中『著者の気が変わって、健介が死なずに済まないか』『リアルすぎる』といった読者の声をたくさんいただきました。昔、作家の渡辺淳一先生に『特殊を描いて普遍に至るのが文学』と言われたことがあるんですが、この作品もそれは意識していますね。健介と千秋のディテールを積み重ねることで、リアリティーを出そうと。でも、この本を『リアルだ』と感じる社会ってよく考えたら異常ですよ。例えばいま戦時中の記録を読んで『こんな時代があったなんて恐ろしい』と感じるのと同じような反応が、いつかこの本に対して出るようになってほしい」
健介の死後、千秋は彼の両親とともに、ブラック企業から労災認定と「謝罪」を獲得すべく奔走する。実際の事件や裁判記録なども参考にして書かれた本書は、ごく普通の個人が大企業相手に泣き寝入りをせず、闘いぬく方法のバイブルとしても有用だ。
「国は『女性が輝く』だの『働き方改革』だの、勇ましいスローガンを次々に掲げますけど、個人が一朝一夕に変えられることじゃないですよね。そんな中で小説にできるのは、小さい変化を起こすことだと思うんです。この小説に共感してくれた人は、少なくとも、自殺者やその遺族への弱者叩きをしなくなるはず。ブラック企業の問題も、政治家の不適切発言も、諸悪の根源は想像力の欠如でしょう。想像力を育むのは、フィクションにこそできること。自分と違う価値観や世界があると想像できる人が少しでも増える、それが変化の第一歩かなと」
本書のタイトルは、健介の故郷・広島県民の星である奥田民生の楽曲から。歌詞にもあるように、苦しい闘いを抜けた後、最後に吹く心地よい「風」を感じてみてほしい。 (幻冬舎 1600円+税)
▽むらやま・ゆか 1964年東京生まれ。立教大学文学部卒業。93年「天使の卵 エンジェルス・エッグ」で小説すばる新人賞を受賞。2003年「星々の舟」で直木賞、09年「ダブル・ファンタジー」で柴田錬三郎賞、島清恋愛文学賞、中央公論文芸賞を受賞。「放蕩記」「花酔ひ」「天翔る」「嘘 Love Lies」など著書多数。