「大坂堂島米市場」高槻泰郎著/講談社現代新書
数年前、法事で親戚が集まった時、母方の祖父が大阪出身で、堂島の米市場で働いていたことを初めて知った。母方の祖父は、私が生まれる前に亡くなっていたので、祖父のことを聞く機会がそれまでなかったのだ。
自分に関西人の血が流れていたことにも驚いたが、堂島の米市場で働いていたということにもっと驚いた。実は、私が適職検査を受けた時に、最も向いている職業が「金融ディーラー」だった。堂島の米市場といったら、世界で初めて先物取引を行った市場として有名だ。だから、私のなかにも、先物取引のディーラーとしての血が流れている。そのとき、そう思った。ただ、本書を読んで、その認識が誤っていたことに気付いた。堂島米市場で先物取引が行われていたのは、江戸時代の話で、祖父の時代にはとっくに廃止されていたのだ。
ただ、本書に書かれている堂島米市場の実態は、驚くべきものだ。コメの代金を支払うことで、その証明として「米切手」が発行される。米切手は、現物のコメと交換できるが、その前に米切手自体が取引の対象となり、投機家の間を転々としていく。現代のセキュリタイゼーション(証券化)と同じ仕組みだ。
また、現物のコメを持たないのに米切手を発行する大名が現れ、さらに米切手の将来価格が取引されて、差金決済が行われる。つまり、現代の先物取引の基本が、江戸時代に完成していたことになる。江戸時代といえば、まだ西洋数学が入っておらず、和算の時代だ。それでも、これだけ高度な金融取引を行っていたというのは、想像を絶する事態だ。
そして、もっと驚くべきことは、人間の金儲けへの飽くなき欲望だ。江戸時代は呑気な時代ではなかった。少なくとも堂島では、魑魅魍魎のカネの亡者が、マネーゲームを繰り広げていたのだ。
もちろん、マネーゲームは、コメ相場をかく乱する。だから幕府は規制をかけるが、カネの亡者は、その網をくぐり抜ける。ここまで現代と同じだと、呆れるばかりだ。ちなみに本書は学術書だから、原典をきちんと引用している。しかし、現代語訳がついているので、そちらを読めばよい。そのほうが、本書の中身の面白さに集中できるだろう。 ★★半(選者・森永卓郎)