「海とジイ」藤岡陽子著
瀬戸内の島を舞台にした連作である。漁師の清ジイ、島の診療所にやってきた月島先生、石の博物館をつくった澪二の祖父――この3人の、どうやって死を迎えるか、その凛とした覚悟の日々が描かれていく。
ここでは、月島先生を紹介する。看護師から「先生、歳を取るのは辛いことでしょうか?」と質問された先生が、「体の機能に関して言えば、辛いことが多いですね」と言ってから、次のように付け加える。
「でも心に関して言えば2つほどいいところもあります」
“年を取っていいところって何だろう”と、ここで立ち止まってしまった。体はつらい。たしかにそうだ。坂道を上るのはつらいし、重い荷物を持つのも、もうできない。しかし、心に関してはいいところもある、と月島先生は言うのだ。何だろう?
「ひとつは、これから先どのように生きようかという悩みが少なくなるということ」
なるほど、若いときなら、この職業に就きたいけどできるだろうかとか、できればこういう人生を歩みたいけど無理だろうかとか、いろいろ考えて悩むものだが、年を取るとたしかにそういう悩みはなくなってくる。70歳を過ぎて80歳が近くなれば、そんなことを考えても仕方がないのだ。
「これは単に選択肢が少なくなるからだと思いますがね」と先生は言うが、目からウロコといっていい。あと1つは何? それは本書を当たられたい。 (小学館 1400円+税)