「跳ぶ男」青山文平著
貧しい小藩の藤戸藩には、まっとうな墓地を造るような土地もなく、亡きがらはすべて海へ流されていた。道具役(能役者)の長男として生まれた屋島剛は、同じ能役者の友・岩船保が「俺はこの国をちゃんとした墓参りができる国にするんだ」と言うのを憧れをもって聞いていた。保はその思いを実現するべく学問に励み、藩の上層部からも将来を嘱望されていた。しかし、志半ばで、保は不始末をしでかし切腹。友を失い呆然とする剛だが、目付の鵜飼又四郎から、急逝した藩主の身代わりになれと命じられる。
血のつながった世継ぎがない場合は、あらかじめ幕府に届けて養子を迎えねばならないのだが、急な死のため届けられず、それが認められる17歳まで藩主が生きていることにしなければならない。また、藤戸藩が将来を得るには、江戸城で行われる招請能で存在を示すしかない。その役割を負うはずの保の身代わりとして剛が名指しされたのだ。藩の命運を背に、剛は能役者としての才能を開花させていくが、いつしか別の野望を抱いていく……。
能という芸の神髄を描きながら、その政治的役割をも鮮やかに活写する、まったく新しい時代小説。
(文藝春秋 1600円+税)