「酒天童子絵巻の謎」鈴木哲雄著
鬼退治といって、すぐに思い浮かぶのは桃太郎、一寸法師だろうが、同じ御伽草子の中の大江山の酒天(呑)童子の話もまた鬼退治ものとして昔からよく知られている。桃太郎、一寸法師に関しては、「小さ子」という観点からの柳田国男著「桃太郎の誕生」や石田英一郎著「桃太郎の母」といった有名な論考があるが、酒天童子についても、佐竹昭広著「酒呑童子異聞」、高橋昌明著「酒呑童子の誕生」、小松和彦著「酒呑童子の首」など優れた論考があり、その関心の高さがうかがえる。
本書は何種かある酒天童子物語のうち現存最古(南北朝時代の成立)の絵巻物である逸翁本「大江山絵詞」を、坂東武士との関わりから読み解いていこうというもの。鬼退治の主役は源頼光とその家臣「頼光四天王」(渡辺綱、坂田公時、平貞通〔逸翁本では忠通〕、平季武)だ。
著者は、この逸翁本はもともと坂東武士の千葉氏一族の大須賀氏の所蔵であったことから、この絵巻の成立の謎に迫っていく。頼光及び四天王と坂東(東国)との結びつきを各種系図から緻密に追っていき、この絵巻の制作主体は千葉氏であり、千葉氏の祖が平良文(平将門の叔父)に連なることを正当化する目的で作られたものだとする。この系譜意識は同じく坂東の有力士族、三浦氏にも共通していたことも明らかにしていく。
つまり、京の都を震撼させた酒天童子騒動を見事に収めた頼光以下の都の武士と我ら坂東の武士とは深いつながりがあるのだということを絵巻をもって裏付けようともくろんだわけである。
鬼退治というある種ファンタジックな物語に潜む、坂東武士という東の新興勢力が桓武平氏の直系だという、偽装の系譜を作らなければならなかった政治力学が見事に捉えられている。
<狸>
(岩波書店 2400円+税)