「酒道楽」村井弦斎著
「昼までは禁酒を誓う二日酔い」なんて川柳があるように、ひどい二日酔いに苦しんだときには、もう酒はやめようと誓いはするものの、ちょっと時間が経つと、まあいいかとばかりにまたぞろ酒を飲み始める、というのは酒飲みの「あるある」だ。ことほどさように禁酒は難しい。
本書は、その困難に挑戦した世にも珍しい禁酒小説だ。作者の村井弦斎は明治期の作家で、本書は弦斎が構想した「百道楽」シリーズ(実際に書かれたのは5作で、そのうちの「食道楽」は空前のベストセラーとなった)の一作。
【あらすじ】登場人物は百川降と酒山登という2人の教師。どちらも酒豪で、酒で失態を繰り返し、そのたびに禁酒を誓ってはすぐに破るという典型的な飲んべえ。百川の妻・お種はそんな2人を相手に、酒に酔って精神を狂わせるのは野蛮人の所業で恥ずべきこととかとうとうと説教するのだが、2人には馬の耳に念仏。独身の酒山はお種のいとこの鈴子に一目惚れするが、あいにく鈴子が引かれているのは山住清という発明家で、こちらは完全な右党で酒を一切口にしない堅物だ。
物語は、酒にだらしなく無節操な男2人と、聡明で冷静な2人の女性とのちぐはぐな絡み合いで進んでいく。やがて百川と酒山は新たな事業を起こして一儲けをたくらむのだが、ものの見事に失敗してしまう……。
【読みどころ】禁酒小説というだけに、物語の途中でアルコールが身体的・精神的にいかなる害を及ぼすのか、当時の最先端の医学記事が紹介されたりする。この記事をもってお種は百川たちに「危険危険大危険です、この通りな証拠があっても貴君方はまだ酒が廃められませんか」と迫る。この言葉に胸を刺される思いのご仁も多いのではないだろうか。 <石>
(岩波書店 900円+税)