「8050問題」黒川祥子氏
61万人以上。内閣府が昨年発表した40代以上の「中高年ひきこもり」の推計数は、若者のそれを上回った。発表に続くように起きた2つの事件、川崎登戸の通り魔と、練馬の元農水事務次官による長男殺害事件により、一気に注目されたのが「8050問題」だ。
80代の親が50代のひきこもりを抱える家庭の問題を意味するが、本書はこれを当事者とその支援者の側から取材したルポだ。
「犯罪予備軍のような注目のされ方には、強烈な違和感がありますね。私はひきこもりの若者の支援施設のスタッフとして彼らと関わっていますが、対人関係で傷ついたりうつになっていたり、社会への恐怖を抱えながらひっそり生きている子がほとんどです。精神科医の斎藤環氏によって『社会的ひきこもり』が世に認識されて20年余りですが、当時20代だった若者に支援が届かないまま50代になって問題は深刻化しています。この20年に社会で何がなされてきたのか、その当然の結果が8050問題なわけで、急に出てきた問題じゃありません」
昨年12月に、元農水事務次官の熊沢被告に懲役6年の実刑判決が言い渡された(その後、異例の保釈が認められた)が、著者はこの判決に強く憤る。
「懲役6年は軽過ぎると思います。被告は30カ所以上めった刺しで殺しているんですよ。報道で知る限りですが、被告は息子を一方的に支配していました。8050問題の家庭の一つの典型的関係性です。親が『昭和的成功例』のような一つの価値観を押しつけ、子どもに多様性を認めない。長期のひきこもりは家族だけで解決するのはまずムリなのに、親が世間体を気にして第三者を入れない。これがひきこもりを長期化・深刻化させる要因なんです。その結果の息子殺しなのに、こんなふうに情状酌量されて、『殺されても当然』みたいな雰囲気では、ひきこもり当事者は恐ろしくてとても社会に出られません」
高級住宅街の凄まじいゴミ屋敷に暮らす中年の兄弟、暴力的で裕福な父亡き後、母と共依存に陥った高学歴の息子、汚物にまみれ床に転がる老母を放置する娘など、本書は7つの当事者家族と支援者を取材し、おのおのの「再生への物語」を追う。
「大切なのは、就労がゴールと考えないことです。政府がこれまで取ってきたひきこもり対策は、基本的に『働かせる』が目的でした。でも支援施設に来る20代の子たちですら一般就労や復学には本当に苦労しているのに、社会と20年以上、接点のない50代を引きずり出して『ハイ働け』なんてまずムリで、もっとひどい傷を負わせてしまう。幸い今は生活困窮者自立支援法があるので、これを活用してまず親子を離すこと。そして、支援者を通じて親は高齢者介護や福祉につなげ、子は生活保護という原資を得て自立する。再生のスタートはそこからです」
社会の理解が進むことも不可欠だと著者は言う。
「『家族の問題は家族でなんとかすべき』と、生活保護への反発も今の日本は強いですけど、社会が変わらないと8050問題は解決しません。生活保護だって、いいじゃないですか。戦闘機にかける莫大な予算に比べたら、たいした負担じゃないでしょう」
(集英社 1500円+税)
▽くろかわ・しょうこ 福島県出身。東京女子大学文理学部卒業。2013年、「誕生日を知らない女の子 虐待―その後の子どもたち」で第11回開高健ノンフィクション賞受賞。近著に「県立! 再チャレンジ高校」「PTA不要論」、橘由歩名義で「『ひきこもり』たちの夜が明けるとき」など。