「永田キング」澤田隆治著
「スポーツ漫才で一世を風靡した男の物語」との副題が付いた本だ。
興味深いのは、大衆芸能史を描いた本であると同時に、時代との関連をきちんと描いていることだ。たとえば、関東大震災で壊滅的打撃を受けた東京から、労働者や被災者が職を求めて関西に移住してきて、大阪の工場は活況を呈する。で、一日3交代の勤務状態になると、夜勤明けの労働者を当て込んで、吉本興行部は所有の寄席小屋で昼席を開設。それまで寄席で色物と呼ばれ低く見られていた漫才が演芸の中心になっていく。
理由は2つ。1つは、通向けの基礎知識が必要な演芸である落語よりも、漫才の笑いのほうが労働者にわかりやすかったこと。2つ目は、当時の落語家は毎夜、旦那衆の座敷に招かれる座敷余興が日常で、遅くまで飲むから昼席に出るのが困難だったこと。エンタツ・アチャコのしゃべくり漫才が人気を集めていった背景には、こういう時代の変化があったというのである。
永田キングは当時、エンタツ・アチャコと並ぶ人気の芸人で、そのスポーツ漫才とは形態模写であったらしい。野球選手の動きをスローモーションで見せ、喝采を浴びたようだ。戦後はアメリカにも渡って活躍するが、なぜ人々の記憶から消えてしまったのか。膨大な資料を読み込んで(当時のパンフなどが数多く掲載されているのも見逃せない)、それを明らかにしていく過程が圧巻だ。
(鳥影社 2800円+税)