「ムシカ 鎮虫譜」井上真偽著
ヘンな話だ。虫たちが人を襲ってくる。ところが、音楽が聞こえた途端、その虫たちの動きがピタッと止まるのである。虫たちの怒りを鎮める音楽があるというのだ。
日本では、小さくて獣とも魚とも呼べない生き物を、みんな「ムシ」と呼ぶようになっている、というのも興味深い。ヘビ、タコは、蛇、蛸と書く。虫偏である。タニシは、田螺だ。サザエ、ハマグリ、アサリ、カキは、それぞれ栄螺、蛤、浅蜊、牡蠣と書く。私たちの概念では、それらは貝に分類されているが、すべて「ムシ」なのである。
こういう道具立てが次々に立ち上がってくる。私たちはいつの間にか、ムシたちの島に案内されるのだ。物語は5人の音大生が瀬戸内海に浮かぶ小さな無人島・笛島に赴くところから始まっていく。そこには音楽の神様が祭られているので、そこにお参りすればスランプも抜け出せるに違いない、と彼らは考えるのである。
ところが彼らを襲ってくるのは、カメムシ、カマキリ、スズメバチ、ムカデ。謎の巫女が現れて音楽を奏でると、それらのムシの動きがピタッと止まるから、わけがわからない。なんなんだこの島は――。虫たちを鎮める笛は人間の骨で作られているらしく、なんだか彼らの命が狙われている雰囲気もある。怪しい人物は次々に現れるし、はたして彼らはこの島を無事に脱出できるのか。夏休みの冒険を描く、青春ムシ音楽ミステリーだ。
(実業之日本社 1700円+税)