「デス・ゾーン」河野啓著
2018年5月に、エベレストで滑落死した登山家・栗城史多氏。本書は、北海道放送のディレクターとして栗城氏と出会った著者が、彼の死後改めて周囲の人々に取材しつつ彼の真の姿に迫ろうと試みたドキュメンタリー。昨年、第18回開高健ノンフィクション賞を受賞している。
「単独無酸素での七大陸最高峰登頂」がキャッチフレーズだった栗城氏への取材を進めるうち、著者は彼の言動の危うさに気づき、彼はネット配信を目的としたエンタメ劇場の場として山に登っているのではないかと思い始める。そして彼を最後に無謀な死へと追いやったのは、誇大広告と知りつつ彼に群がった自分を含めたメディアだったのではないかという結論に行きつく。
著者には、かつて「ヤンキー母校に帰る」というドキュメンタリー番組で義家弘介氏を描いた過去があった。義家氏を全国区の著名人へと押し上げた末に、彼が政治家に転身して母校で語った理想の教育と真逆の行動をとった姿を忸怩(じくじ)たる思いで見たことも告白している。
ひとりの登山家の真実の姿のみならず、メディアの今の姿に直面させられる書となっている。
(集英社 1600円+税)