「絡まり合う生命」奥野克巳著
ボルネオ島の熱帯雨林に生きる狩猟民プナン。文化人類学者である著者は、2006年からたびたびプナンのもとを訪れ、寝食を共にして人間の根源的な生き方について学んできた。本書は、それらの体験からたどり着いた新たな人類学の考察だ。
あるとき、プナンと共に狩猟に出かけて疲労困憊となった著者は、獲物が解体される間、地べたでごろ寝をした。ふと気づくと、体の上を2センチほどのアリが何匹も這い回っていたため、透明のレインコートを頭からかぶって再び眠りについた。どれくらいの時間が経過したのか、ふと目を覚ますと“シャカシャカ”という大音響が響き渡っている。おびただしい数のアリたちがレインコートの上を行進し、目の前にアリの顔が大写しされていた。著者は、まるで自分がアリの世界と一体化したような錯覚を覚えたという。他にも、強烈な繁殖力からプナンでは“長い髪の女”が宿るとされるシメコロシイチジクの不思議な生態、人間が近づいていることをさえずりによってサルに知らせるヒヨドリなど、さまざまな生命と対峙するうちに著者が行きついたのが、「マルチスピーシーズ(多種)人類学」である。
これは2000年代に登場した新しい研究ジャンルで、人間という一種から多種へと視点移動し、人間を含むあらゆる生物種は他の種や環境から孤立して存在するのではないという考え方。「人間-動物」というように一対一の関係でもなく、“絡まり合い”というキーワードで人間を含む多種同士が働きかけ合い、結果として関係性の継続や断続に至るというものだ。
人間と他の生物は同等であることを教える本書。人間中心主義を続ければ絶滅も避けられないと警告している。
(亜紀書房 2200円)