「幸せのままで、死んでくれ」清志まれ著
うまいなあ。わけあって番組を去ることになったとき、「完璧を目指すのはやめなさい」と言ったあと、テレビカメラに向かうベテランアナウンサー安井和美の姿をくっきりと描くのである。その失意と矜持がその向こうから立ち上がってくる。とても新人の作品とは思えない鮮やかさだ。
主人公は、若き日に安井和美にそう言われた桜木雄平。その後、国民的なキャスターとして成功をおさめた男が過去を振り返る回想の中に、安井和美のシーンは登場する。こういう彫り深い造形が他にも随所にあって、そのために物語がきりりと引き締まっていることに注目したい。音楽の道を選びながらも、その夢をかなえられなかった友、同期にテレビ局に入社した女性との不倫の恋。そのふたつの大きな柱を、視点人物をさまざま変えて、描いていく。
著者は「いきものがかり」のリーダー水野良樹で、エッセーの著作はあったものの、小説は今回が初。とても初めてとは思えないほどの完成度だ。
冒頭は、死の宣告を受けた桜木雄平が病院からテレビ局に向かうシーンなので(医者から宣告を受ける直接的な場面はなく、暗示しているだけだが)、その地点から歳月が巻き戻しされていく構成である。この男が国民的なキャスターになるまでどういうことがあったのかは本文を読んでいただきたい。読み終えた人と話したくなる小説だ。 (文藝春秋 1870円)