「命のクルーズ」高梨ゆき子著
大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の優雅な船旅は、最終盤で暗転した。2020年2月2日、香港で船を下りた乗客が新型コロナウイルスに感染していたことが判明。乗客乗員は、未知のウイルスが蔓延する閉鎖空間に、2週間以上閉じ込められることになった。
その間、船内で何が起きていたのか。医療に詳しいジャーナリストが、多くの当事者に取材して実相を明らかにしたノンフィクション。
得体の知れないウイルスから乗客乗員の命を守る。この困難なミッションの中核を担ったのは、DMAT(Disaster Medical Assistance Team=災害派遣医療チーム)に所属するボランティアの医師たちだった。神奈川県知事の要請に応えて、全国から10チームが集まった。阪神・淡路大震災後に創設されたDMATは、地震、津波、豪雨などの被災地で経験を積んではいたが、感染症の専門家ではない。慣れない防護服に身を包んで奔走した。
乗客の常用薬が届かない。診療の手が足りない。フロントにクレームが殺到する。国に帰りたいと暴れる外国人乗客がいる。最下層のクルーは劣悪な環境に置かれたまま。検疫官の感染判明、感染症の専門家による「告発動画」、否定的な報道の嵐……。どう見ても負け戦。それでもやるしかなかった。
ボランティア医療従事者たちの真情、クルーズ船に乗っていたあるシニア夫婦の人生模様、夫婦と医師との心の交流も描かれる。閉じられた船内には、いくつもの人間ドラマがあった。
DMATのメンバーのひとりはこう語っている。
「微生物学的な闘いよりも、社会的、心理的な闘いのほうが何倍もきつかった」
全力を尽くした彼らに対して、世間は理不尽な反応を見せた。地域や職場で歓迎されない。子どもがいじめを受ける。不安や恐怖は容易に差別につながってしまう。この現実から得た教訓を、私たちは未来に生かさなければならない。
(講談社 1980円)