「広重ぶるう」梶よう子著
役者絵と美人絵で名をあげた国貞、武者絵に活路を見いだした国芳。この豊国門下の双璧に比べると、豊広門下の広重はおのれの道が定まらず悶々としている。その広重が異国の色と出合うところから本書は始まる。それが伯林で作られたぷるしあんぶるう。伯の藍、ということでベロ藍。
それまでの藍に比べて水に溶けやすいベロ藍を生かせるのは景色、海や川、なによりも空。つまりこのベロ藍を使えば、これまでの名所絵が必ず変わる。そう確信して広重は「東海道五十三次」にとりかかる。
ちなみに、本書の登場人物の言葉を借りれば、名所絵が美人絵や役者絵の下に見られる理由は、名所絵は動かないものを描けばいいからだという。そういえば、こういうせりふも出てくる。
「北斎翁は名所絵が一段下がると知っていても、そこに切り込んで行く気概がある」
広重はベロ藍と出合うことで、その気概を持つのだ。そのときの広重を、作者はこう書いている。
「心が踊る。国貞も国芳も、悔しがれ。見ていろ、北斎よ」
本書は、そこから始まる浮世絵師広重の半生を鮮やかに描く長編だ。働き者で明るい後妻お安をはじめとする脇役たちが活写されているのもいい。特に、幼いころに広重に弟子入りし、将来を嘱望されながら若くして亡くなる昌吉の挿話が物哀しい。「ヨイ豊」「北斎まんだら」に続く浮世絵師小説の傑作だ。
(新潮社 2310円)