「プーチンの過信、誤算と勝算 ロシアのウクライナ侵略」松島芳彦著/早稲田大学出版部
共同通信の松島芳彦氏(編集委員、論説委員)は、ロシア語と英語に堪能で、特派員としてモスクワ(3回)、ロンドンに勤務した。評者もモスクワで松島氏の仕事ぶりを見ていたが、権力の中枢にも社会にも深く食い込んだ取材をしていた。また翻訳にも精力的に取り組んでおり、評伝として国際的に定評のあるウィリアム・トーブマン「ゴルバチョフ」(白水社)を見事に訳している。
ウクライナ戦争について松島氏は、ロシア、ウクライナ、欧米の資料を丹念に読み込んで、それに自らの評価を加えている。同氏はウクライナ発と英国発の情報を信頼しているようだが。この点について評者には異論がある。
松島氏はこの戦争でロシア正教会が重要な役割を果たしていると見る。
<総主教キリールはロシアのウクライナ侵攻直後の2月27日、モスクワの救世主ハリストス大聖堂で信者に向かい「私たちにこれほど近い兄弟であるウクライナにおいて、ルーシとロシアの教会の一体化を損なおうと常時狙ってきた邪悪な勢力が、今の政治状況を利用して勝利を収めてはなりません」と語った。「邪悪な勢力」が何を意味しているかは、キリール自身による次のような言葉から知ることができる。「1990年代までロシアは、安全と尊厳が尊重されることを約束されていました。しかし、時がたつにつれ、あからさまにロシアを敵とみなす勢力が国境に近づいてきたのです。その兵器がいつか自分たちに対して使われるかもしれないと私たちは懸念しました。NATO加盟諸国は、そのような懸念を無視して毎年、毎月、軍備を増強してきたのです」。これは、世界教会協議会(WCC)がウクライナ戦争で和平の仲介をキリールに要請した書簡に、3月10日付で答えた文面である。仲介どころか、全面的にプーチンと同じ言葉を使い、戦争を支持している。戦争の大義を教会が積極的に宣伝しているのだ。>
もっともロシア正教会の保守的体質は伝統的なものだ。1968年のソ連軍などによるチェコスロバキア侵攻もロシア正教会はソ連政府の立場を支持した。正教会にはイデオロギーには関係なく時の政権を支持するという政治文化がある。
★★★(選者・佐藤優)
(2022年9月7日脱稿)