「国商 最後のフィクサー 葛西敬之」森功著
この十余年のあいだ、日本の中枢にいて国を動かしてきた2人の人物が、昨年、相次いで世を去った。1人はJR東海名誉会長・葛西敬之。中曽根政権時代に国鉄官僚として国鉄の分割民営化を推し進め、社会党の支持母体だった国労を潰した。もう1人は安倍晋三。葛西の死からわずか1カ月半後、選挙演説中に凶弾に倒れた。
葛西は安倍政権の最大の後見人と目されていた。2人は保守思想を共有し、「強く美しい日本」をつくるために手を携えた。民営化後、JR東海の経営者となった葛西は、自らが行う事業や政治への介入が、日本の国益になると信じていた。経営者の枠を超えて国士の風貌をのぞかせる葛西を、著者は「国商」と名づけた。政治と結びついて金儲けをもくろむ「政商」とは異なる。
財界、政界、官界にまたがる多くの関係者が実名で国鉄改革の裏面史を語り、その中心にいた葛西の実像も明らかになっていく。葛西は日本会議の中核的存在で、靖国神社の崇敬者総代。反共産主義で中国嫌い。親米だが、対米追随はノー。強い国をつくるために日本の高い技術力を信頼し、育てなければならないと考えている……。
そんな葛西が鉄道人生の最後に取り組んだのは、アベノミクスにおける成長戦略の目玉と位置付けられたリニア中央新幹線プロジェクトだった。間質性肺炎を患い、余命5年の宣告を受けてからも、実現に向けて心血を注いだ。超電導リニアという高度な産業技術こそ資源のない日本を救うと考えていたからだ。しかし、プロジェクトは難航、心残りのまま81年の生涯を閉じた。
「自らのビジネスを国の運営に結合させた稀有な企業経営者だった」と著者は評する。一方で、リニアそのものが日本に必要なのか、さらには、国鉄分割民営化は果たして正しかったのか、という大きな疑問を投げかけてもいる。主役2人の亡き後、誰が鉄道行政の舵をとり、どこに向かうことになるのか。先は見えない。
(講談社 1980円)