吉川英梨(作家)
8月×日 去年、住み慣れた京王線沿線から中央線沿いに引っ越した。仕事柄自宅から出ることが少なく、沿線と言っても電車に乗るのは月に1、2回。まだ私は中央線をディープに知らない。
そんな中、本屋で手に取ったのが吉田悠軌氏の「中央線怪談」(竹書房 836円)だ。
私は警察・海保小説を中心としたミステリー作家だが、かつてはホラーに挑戦しようとしたことがある。うまくいかなかった。長くミステリーを書いていると、起こった事象・事件に対して、なぜどうしてそうなったのか、理屈をつけたくなる。トリックを明言しないとルール違反なのだ。
この癖があるから物語をふわっと着地させられない。ホラーだから「ゾワッと着地」と言うべきか。鈴木光司氏の「リング」(KADOKAWA 660円)のラストはホラーとして最高の「ゾワッと着地」だと思っている。
「中央線怪談」にはご近所も出てくる。
ああ確かにあそこやばそうよ……。へーあの場所はそんないわくつきだったのか……!
土地と結びついているだけで不思議と怖さが増す。リアリティがあるからだろうか。
背筋がモロに粟立ったエピソードがいくつかあるが、どれも「生きた人間がやらかした」ものだ。結局、幽霊よりも生きた人間の不可解な言動がいちばん怖い。
改めて目次を開くと、なぜか中野区界隈の怪談話が多い。中野といえば、かつて陸軍中野学校があった場所だ。建物は警視庁に引き継がれ2001年まで警察学校があった。拙著「警視庁53教場」の舞台だ。
この取材時に、現役警察官から警察学校で語り継がれる怪談話を聞いた。当時は陸軍中野学校時代の備品が校舎内のあちこちに残っていたとかで、これにまつわるエピソードが怖かった。小説でも取り上げたので是非読んで欲しい。
ちなみに現在この53教場シリーズの6作目を執筆中だ。警察学校は府中に引っ越してしまったが、旧中野学校時代の幽霊はどうなったのだろう。一緒に府中の新校舎に引っ越したのか。そのまま中野区内に残り、「中央線怪談」に登場していたりして。