「オリヴァー・サックス」オリヴァー・サックス著 田村浩二訳
「オリヴァー・サックス」オリヴァー・サックス著 田村浩二訳
オリヴァー・サックスの名前が日本で知られるようになったのは、映画「レナードの朝」の公開がきっかけだったろう。嗜眠性脳炎で眠り続けていた患者がある薬物で目覚めるという、神経科医サックス自身の体験を記した原作をもとに、ロビン・ウィリアムズがサックスを演じて話題を呼んだ。その後、人の顔の認識ができない相貌失認の患者が妻を帽子と間違えて、妻の頭を持ち上げてかぶろうとするなど、24の神経疾患患者の症例を記録した「妻を帽子とまちがえた男」で一挙に注目され、以後多くの著作が邦訳されている。
本書には、1987年から死の4カ月ほど前の2015年5月までに行われた6つのインタビューと対話が収められている。最初のインタビューは主に「妻を帽子とまちがえた男」を例に、そのユニークな症例記録がどのように生まれたのかが語られる。
続いて、全色盲に陥った画家やトゥレット症候群の外科医など7人の症例をつづる「火星の人類学者」についてのインタビュー、3つ目は「よい戦争」や「大恐慌!」などの著者でインタビューの名手として名高いスタッズ・ターケルが聞き手となりサックスの神経科医としての方法論や患者に対する姿勢などに鋭く迫り、読み応えのあるものとなっている。
80歳を越えてからのインタビューでは、30代の初めにアンフェタミン中毒に陥り精神分析医の治療を受けていたこと、10代から自らの同性愛傾向を自覚し、それを知った母親にひどく拒絶されたことなども明かされている。ターケルも触れているが、「左足をとりもどすまで」は、サックスが登山中に崖から転落し、自分に左足のあることが認識できない状態を患者の立場から書いたものだ。
そうしたサックスにとって、一見奇矯に思える患者の行動にも自然に共感することができる。その共感力こそが数々の著作の原動力であることがよく伝わってくる。 〈狸〉
(一灯舎 1430円)