「新装版 ペルーからきた私の娘」藤本和子著
「新装版 ペルーからきた私の娘」藤本和子著
藤本和子といえば「アメリカの鱒釣り」などのリチャード・ブローティガンの翻訳者としてよく知られているが、聞き書きの手法を生かしたエッセーの書き手としても知られている。この数年、文章家としての藤本作品が次々に文庫化されている(「塩を食う女たち」「ブルースだってただの唄」「イリノイ遠景近景」「砂漠の教室」)。本書も1984年刊行のエッセー集の新装版だ。
表題作は、日本人の妻とユダヤ人の夫のもとにペルーで生まれた生後3日の娘「ヤエル」がやってきてからの8週間ほどの出来事がつづられている。いっさいの区別を拒んでいる液体のような未分化の世界からゆっくりと脱出していくみどりごの姿に息をのみ、遅々として進まない養い親の申請に苛立ち、ペルーのフェミニストたちと話し合いながら感じる違和感……さまざまな感情、出来事が入り交じりながらも、自分たちの生活に新しく加わった娘を迎えたことの喜びが描かれる。
ここにはいろいろな人たちが登場する。ニューヨークの精神科病院に入院してから60年間ほとんど言葉を発せず空白の歴史を残したまま逝ってしまったオキヤマさんという日本人。女性も職を持つべきか、女性の生きがいとは何か、なんてのんびりしたことなど考えずにただひたすら働いてきたペンキ屋のアイリーン。差別や貧困によっても破壊することのできない「学び習うこと」を保持し続け、その生き方を娘や孫に遺産として残した黒人女性……。
こうした人たちを曇りなく描くことができるのは、著者が「研究者」や「代弁者」や「解説者」にはしてくれない体験を大事にしているからにほかならない。性急にわかったとは思わず、誰かになりかわって説明するのではなく、本当に耳をすませて聴くこと。そう、これは翻訳者・藤本和子の態度でもある。多くの翻訳者が手本とする文章家の精髄がここにある。 〈狸〉
(晶文社 1980円)