「タッチ」(全26巻)あだち充著
「タッチ」(全26巻)あだち充著
名古屋芸術大学での漫画講義を「ぜひ大人向けに」ということで今号から連載を持たせていただくことになった。
第1回は総発行部数1億部を超えるスポーツ漫画の傑作「タッチ」を取り上げ、この作品が漫画史に刻んだ大きな役割について話したい。週刊少年サンデーでの連載スタートは1981年。少年誌がスポーツ根性もの(いわゆるスポ根)全盛のころである。
当時、少年誌のスポ根では女性は添え物だった。たとえば梶原一騎原作の「巨人の星」。主人公の飛雄馬の母ははじめから病没している設定で登場もしない。出てくる姉にしても母代わりとして家事全般をこなすステレオタイプの古い女性像で描かれた。そんななかで幼い飛雄馬が父の猛訓練を受け、巨人軍入りを目指す。
こういったスポ根を小中高大の男子たちは熱狂して読んだ。そして全国の男子の志向を一斉に右へ倣えで変えてしまい、ヒット作が出るたびにその漫画が扱う種目の運動部に新入生が殺到した。
男中心に読まれたこのスポ根時代に大きな穴をあけたのが「タッチ」である。男子高校生が主役の学校スポーツもの(高校野球)なのに、魅力的な女子高生、浅倉南が準主役として据えられる。そして主役の達也と和也の2人のキャラを食って読者の心をわし掴みし、リアル社会のアイドル並みの人気を得る。スポ根方程式にあってはならないこの扱いは、後にアニメ化されてさらに加速。それまで男たちの読み物だった少年誌のスポーツ漫画が、初めて女性たちにも圧倒的に支持される歴史的な作品になった。
しかし女性人気を得たからといってスポーツ漫画の本道を外しているかというと全く違う。甲子園を目指す硬式野球部の練習風景、試合風景は、どんなスポ根にも負けぬリアリティーと手触りがあった。そこにヒロインを要とする三角関係の機微が描かれ、さらには死という重いテーマを真正面から扱って、最後までページをめくる手を休ませない。
この作品は人生を根性のみで語る世相に対する作者あだち充の強烈なカウンターだった。そして男女が読む漫画が社会的に分けられていた時代に対するカウンターでもあった。日本の漫画は「タッチ」を境目に、本当の意味で男女のジャンルを乗り越え、それまで以上に豊穣な世界となって発展していく。(小学館 639円~)