「チャーリー」世界笑わせた喜劇王の人生につきまとう悲劇
彼は10代の少女たちに入れ込み、性関係を結んだ。そのため法律すれすれで身をかわしたことも。ハリウッド映画のすごいのはチャップリンの娘のジェラルディン・チャップリンに病んだ母親を演じさせ、チャップリンの息子も本作の内容を認めていることだ。これが日本映画なら美談で塗り固めた立身出世物語に仕上がっただろう。
注目はチャップリンの政治姿勢だ。第2次大戦当時、訪米したナチスの将校から握手を求められた際にこれを拒否。周囲の反対を押し切って「独裁者」(40年)を撮った。ヒトラーが地球儀の風船で遊ぶ場面は独裁者の野望への痛烈な皮肉であり、ラストの演説はナチスを危険視するチャップリンの心の叫びだった。
もう一つの見どころがFBIのフーバー長官の存在だ。彼に目をつけられたチャップリンは「モダン・タイムス」によって共産主義者のレッテルを貼られ、国外追放となる。赤狩りを強行したマッカーシーもフーバーも血に飢えた獣のように獲物を求め、チャップリンを生贄にした。そもそも政治家は役者や芸人は自分たちになびくものだとみくびっている。
それは現代の日本も同じ。芸能人はおしなべて保守で、反政府的な言動はしない。三原じゅん子は「八紘一宇」で安倍晋三を喜ばせようとしたし、今井絵理子は安保法制反対を匂わせる発言をしながら自民党の誘いにコロリと転向した。これが現実だ。いま話題になっている小泉今日子や井浦新たちの行動が一過性で終わらないことを期待したい。ちなみにかつての米国で赤狩りに協力した俳優が共和党員のドナルド・レーガン、のちの米国大統領だった。
母の発狂、赤狩り、追放と、喜劇王の人生には悲劇がつきまとった。映画冒頭のチャップリンがメークを落とす場面に漂う物憂い雰囲気はその不安感を暗示しているのだ。
(森田健司/日刊ゲンダイ)