<22>クリスマスイブに購入した愛犬の「イブ」
ドン・ファンが亡くなった後に遺言を受け取ったという人物が現れた。2016年の暮れに開かれたパーティーで、ドン・ファンの横でペコペコしていたアプリコの役員Mである。彼は、その遺言を家庭裁判所に提出した。
「社長は遺言を残すようなタマじゃないよ」
ドン・ファンの通夜・葬儀でMはこのように言い放っていた。このことは従業員たちは耳にしていたし、私も何度も聞いた。にもかかわらず、その半月後に「遺言が送られて来たことを忘れていた」として提出したのだ。
これだけでもおかしいと思うのが一般的だろうが、その文面は「(遺産は)田辺市にキフする」とだけの簡素な1枚の紙切れであった。一番大事にしていたイブに関しては一言も触れられていなかったのだから、ますます怪しい。ということで遺族は、2020年春に和歌山地裁に対して遺言無効の訴えを起こした。現在、係争中である。
少し話題がそれてしまった。鮎子さんに戻ろう。彼女は気配りのできる女性で、脳梗塞の影響で唇の端の感覚に乏しいドン・ファンが食事中にポロポロとこぼすと、紙ナプキンで丁寧に唇をぬぐう優しい気性だった。