朝日ジャーナル元編集長・下村満子さん「田原総一朗さんとは長生き競争しています」
高校の同級生だった夫とは3年前に死別し、1人暮らし。生活も不便だろう。
「お手伝いさんが着替えなどを手伝ってくれて、1日2回の食事も用意してくれています。実は25年務めてくれていた人が脳梗塞になってしまい、2月に急きょ、古巣の朝日新聞に“お手伝いさん募集”の広告を出したんです。そしたら20人ぐらい応募があり、優秀な大学を出た人や男性もいて驚きました。朝日新聞の求人広告はレベルが高いわね(笑)」
■朝日新聞退社後は経営者に転身
さて、下村さんは幼少期は父親の仕事の関係で、満州で育ち、終戦翌年に帰国。慶応義塾大学経済学部卒業後、ニューヨーク大学大学院で修士号を取得し、帰国後の1965年、朝日新聞社入社。当時はまだ珍しかった女性記者として活躍し、82年には女性記者として初めて、国際報道に貢献したジャーナリストを表彰するボーン・上田記念国際記者賞を受賞。その後、女性初のニューヨーク特派員となり、「朝日ジャーナル」編集長、朝日新聞編集委員などを歴任した。