貧乏が原因で両親離婚 元“AV帝王”村西とおる語る少年時代
■母親ともめた父親に包丁を…
福島にいたころは本当にミカンの皮でも食べたくなるほど貧乏でした。うちの食卓では最初にジャガイモが出てくる。それで子どものお腹を膨れさせてしまおうという作戦です。米びつはほとんど空っぽで、白いメシを口にしたことなどめったにありませんでした。
戦前、オヤジは国鉄の職員だったんですが、復員しても職場には戻らず、傘や鍋を直す行商を始めました。わずかな額にしかならず、その日暮らし。そんな中で私は生まれた。いつもカネのことで揉めていて、オヤジはオフクロを叩いたり蹴ったり。
中学3年の時です。2人がいつにもまして激しくやり合っていたことがあった。オフクロを殴っているオヤジに、私は台所から持ってきた包丁をとっさに突き付けたら、その途端、オフクロが「とうちゃんに何するんだ!」と前に飛び出してきた。オヤジが包丁を取り上げて、ゲンコツの一発でもお見舞いしてくれれば、丸く収まったんでしょうが、そうはならなかったんです。息子の行為がよほどショックだったのか、オヤジは翌日から行方不明になってしまって、結局、両親は離婚しました。