「尿タンパクが出ていないから腎臓は大丈夫」に騙されない
60代の男性は、約20年前に糖尿病と診断されました。薬を飲んだり飲まなかったりしているうちに、血糖値は年々上昇。50歳を越えた頃には尿タンパクが出るようになり、腎機能指標のひとつであるクレアチニン値も高くなっていました。それでも生活習慣を変えずにいると、5年前、仕事場で倒れ、人工透析が始まりました。
糖尿病で血糖コントロールがうまくいかない状態が続くと、合併症として腎臓の機能が低下します。腎機能は、ある段階を過ぎると治療では元の状態に戻すことはできず、多くは人工透析に至ります。60代男性のケースは、糖尿病悪化の典型的なパターンです。
一方、同じく60代で20年前に糖尿病と診断された別の男性は、引っ越しをきっかけに、それまで診てもらっていたかかりつけ医とは別の医療機関(大学病院)を受診しました。すると、「腎機能が低下している」と指摘を受けたのです。これまで、腎機能が低下しているとは一度も言われたことがない。ただ、「尿タンパクが出ていないから問題ないでしょう」とは言われていたのです。また、もうひとつの腎機能の指標でもあるeGFR(推算糸球体濾過値)は低下していました。
この男性は、糖尿病治療には比較的積極的でした。濃い味付けのものが好きだったり、夜中にラーメンを食べてしまうことも時々あったけど、医師からの「尿タンパクが出ていない」という言葉に安心していました。
この男性は、近年注目されている「糖尿病性腎臓病(DKD)」に該当します。DKDは、「糖尿病が部分的にでも関係する腎臓病」という考えになります。
糖尿病の合併症のひとつである腎機能低下は、高血圧でもリスクが高くなります。しかし、これまでは、糖尿病を専門に診る医師は糖尿病の観点からのみ腎機能の低下をチェックし、一方、高血圧を専門に診る場合は高血圧の観点からのみチェックしがちでした。
■注意すべきはeGFR 採決で簡単に分かる
これらの何が違うかというと、糖尿病を診ている医師は、尿タンパクが出たり腎機能の状態を示すクレアチニン値などが高いと腎機能低下を疑いますが、それらがなければ、腎機能低下を示すeGFRには注意を払っていない場合があります。 ところが、高血圧の観点からチェックすると、尿タンパクなどの異常がみられなくても、腎機能の低下が起こっている可能性があるのです。ある一時、検査して大丈夫でも、突然低下してくることもあります。eGFRは定期的なチェックが必要なのです。採血で簡単に検査できます。
前回のこの欄でも紹介しましたが、いま、糖尿病の薬はよく効くものが多い。きちんと薬を飲んでいれば、血糖コントロールを保て、尿タンパクなどが出るのを防ぐことができます。
しかしそれは、高血圧を治療していることとは別問題です。糖尿病がある人は、高血圧も持っているケースが珍しくありません。糖尿病の治療はしっかり受けているけど、高血圧を放置したままでは、腎機能の低下をストップさせられません。「尿タンパクが出ていないから」と安心していた60代男性のように、気付かないうちに腎機能(eGFR)が低下しているケースもあるのです。
DKDの概念が注目されるようになってから、少しずつオーダーメードの治療が行われるようになってきました。
高血圧の薬にはACE阻害薬、ARB、カルシウム拮抗薬、利尿薬などがあります。「高血圧だから、この薬」という処方ではなく、たとえば糖尿病を合併していて「微量アルブミン」がみられる患者さんにはARB。高血圧で、糖尿病治療はうまくいっているが腎機能が低下している患者さんにはカルシウム拮抗薬というように、その人の状態に応じて薬の処方を変えるのです。また、糖尿病の薬SGLT2阻害薬は、糖尿病はもちろん、高血圧、腎臓にも効く薬として、期待されています。
もし、いまのかかりつけ医が「糖尿病だけ」「高血圧だけ」を診る医師なら、一度、別の医療機関で診てもらった方がいいかもしれません。