元開業医の80代患者への訪問診療を通して学んでいること
患者さんに寄り添うことが、在宅医療を行う上では必要であると、これまでにもお伝えしてきましたが、この患者さんの思いを実感できるということは、時代が移ろうとも医療現場において大切な要素であることに変わりはありません。
現在のご自宅のある建物にはエレベーターはなく、階段は外付けで3階から1階までまっすぐにのびています。体力自慢の息子さんが、患者さんをおぶって3階から1階に下ろしているということです。
「私をおぶって上り下りするくらいなら、これまで働いた分の貯金があるから車いすを運ぶ機械を取り付けてもいい」と、そっと、そんな息子さんを気遣うお話もされます。
「私はぎりぎりまで働き続けたが、息子はそこまで頑張らなくてもいいと思っています」
時に、息子さんであっても、同じ医師だからこそ打ち明けられない、ご自身の経験からくる見識と、家族を思う気持ちが交錯した複雑な思いを吐露されることも。
「家族と患者さん」「病気と日々の自由な生活」「経済的な事情や家族の協力」。それぞれの理想を融和させ最適解を見つけていく、そんな人生コーディネーター的な役割を担うことも、在宅医療には求められていると、訪れるさまざまな患者さんに接して実感する日々です。
患者さんのご自宅ではいつも、玄関に飾られた「生涯現役」と毛筆で大書された墨文字のある額縁が、訪れる我々を迎えてくれます。私はそれを目にするたびに、背筋が伸びるのでした。