南千住「丸千葉」居心地の良さは、店長の気さくな雰囲気とお姉さんの丁寧な接客が生む
第48回 南千住(台東区)
早稲田から三ノ輪橋まで都電荒川線が走っている。駅の数は全部で30。路線図を見ると、間違いなく面白い酒場がありそうな駅が目白押しだ。アタシは大塚から三ノ輪橋方面に乗り込んだ。かなりの数の利用客がいる。
最近は東京さくらトラムの名称で外からの観光目的の人たちに向けたPRにも力を入れている。だからアタシみたいな物見遊山の客も少なくない。
が、ほとんどの客が生活の一部として荒川線を利用している。王子を過ぎたあたりから荒川区に入ると、にわかに下町の空気を醸し出す。町屋を通過すると、終点の三ノ輪橋まで数駅だ。
そういえば学生時代、町屋に劇団第七病棟の芝居を見に行ったことがあったっけ。若かりし頃の石橋蓮司と緑魔子が出ていて、その妖しい雰囲気のとりこになった覚えがある。それは芝居だけではなく町屋という街全体に漂う雰囲気、劇場的空間の虚構性に魅せられたからかもしれない。
結局、終点の三ノ輪橋まで来てしまった。明治通りと吉野通りが交差するところが泪橋。我々の世代はあしたのジョーでその名は心に刻まれている。
そこから浅草方面に10分ほど歩くと名店「丸千葉」がある。この辺りには昔からの大衆酒場が点在していたが、今ではほとんど閉店してしまった。丸千葉は創業して間もなく70年。先代が千葉出身ということでこの屋号になったという。コの字のカウンターに大きめのテーブルが2つ。14時の開店から常に満席。なんでこんな不便な場所にある店が予約も取れないほどに人気なのか。
この値段でうまいツマミを出す店はいくらでもある。早い時間から開けている店もそこらじゅうにある。なのになぜ? 結局、居心地がいいからだとしか言いようがない。店長の気さくな雰囲気とお姉さんの丁寧な接客によるところ大であろう。客の大半は常連のようだ。キンミヤの一升瓶を立てて飲んでいる先輩諸氏、やはり地元の夫婦らしきカップルが数組。ここもキープしたいいちこのボトルでチューハイを楽しんでいる。
汗びっしょりでカウンターについたアタシを見て店長が「ビールがいいね。カウンター広く使ってね」。気遣いがうれしい。そこに中ナマ(680円)が登場。ツマミは刺し身3点盛り(1350円)を。その日に入った7、8種類の魚から3点選んで刺し盛りにしてくれる。アタシはイワシ、キンメ、しめサバをチョイス。ビールのあてにポテサラかマカサラか迷っていると、お姉さんが半分ずつにしてくれた。きっとこういうところが人気の秘密なのだろう。生ビールを飲み干し、菊正の常温(400円)に。
見渡せば白い紙に筆文字で大量の品書きが貼ってある。筋子(400円)が目に飛び込んだ。「筋子に菊正。最高ですね」。隣のカップルの男性が話しかけてきた。それに答えて「永久に飲めますよ」(笑)。浅草にお住まいのこのおふたりは初めての来店。いつも気になってはいたが、混んでいて入ったことはなかった。今日はしっかり予約してきたとのこと。「店の雰囲気がたまりませんね」。7本目のビールをあおりながら、そうつぶやいた。確かに。店の雰囲気は人がつくるもの。人気になるのも当たり前か。
(藤井優)
○丸千葉 台東区日本堤1-1-3