ソチ日本代表「冬季五輪銀座パレード」の頼みはパラリンピック
「バンクーバー(五輪)以上の成績を残して、銀座でパレードを冬もやりましょう」
橋本聖子日本スケート連盟会長がこう宣言したのが昨年の4月19日。ロンドン五輪では史上最多の38個のメダル。大会後、メダリストがオープンカー7台に乗って銀座をパレード。沿道に約50万人が詰め掛けたのは記憶に新しい。
その光景に感動した浅田真央も「ぜひやりたい」と言い、日本代表の間でもそうした声は高まるばかり。ソチ五輪選手団長に就任した橋本聖子も引っ込みがつかなくなってしまった。
バンクーバー五輪は銀3、銅2のメダル5個。ソチでは種目が12も増え、橋本団長も「長野五輪(メダル10個)を超えるのが目標」と鼻息も荒い。思惑通りにメダルラッシュとなればいいが、2006年のトリノではわずかに金1個だけ。2002年のソルトレークシティーでも銀、銅各1の2個。五輪の雰囲気にのまれたのか、重圧に押しつぶされたのか、メダル確実といわれた選手がしばしば敗れている。バンクーバー超えをいっても決して簡単なことではない。