中日1位・石川昂弥 元球児の父が明かすビッグマウスの原点
「3歳からバットを持たせました」
そう話すのは、父の尋貴さん(48)だ。現在はトヨタ自動車で労働組合に関する仕事に従事する。昂弥と同じ、東邦高野球部出身。身長181センチと体格に恵まれ、捕手を務めていた。1989年にはセンバツで優勝。しかし、ベンチには入れず、夢を息子に託した。すると、今春のセンバツで30年ぶりの優勝。エースとしてチームを牽引した。
「僕は控えの選手でしたが、息子にもやっぱり野球をやってほしくて。昂弥が3歳の頃には投げたり打ったりしていました。部屋の中や自宅の庭、家の前の道路でやることもありましたね。通っていた小学校がすぐ近くだったので、そこのグラウンドでやったり、練習には困りませんでした」
■スポーツ紙に「スーパー4年生」
英才教育が実を結び、すぐに地元では名を知られる選手になった。東邦OBで尋貴さんの先輩である少年野球クラブ「ツースリー大府」下村勉代表(65)はこう振り返る。
「小学2年生で入ってきて、教えたらすぐにうまくなる子でした。小4のときには地元のスポーツ紙に『スーパー4年生』と取り上げられた。走攻守でバランスのいい選手でしたね」