“鉄腕”稲尾和久 驚異の制球力「逆球を投げた記憶はない」
高橋善正(元巨人投手)
1961年、当時高知商の2年生エースだった高橋氏は、授業を抜け出して阪神の安芸キャンプを見に行った。
当時の阪神投手陣は村山実、小山正明がエース格。彼らはプロでも抜けた実力の持ち主だったから、参考にはならない。高橋氏がブルペンの後ろで食い入るように見つめたのは彼らに続く渡辺省三の投球練習だった。ラスト30球。目が点になった。
「ミットが5センチほど動いたのが半分くらいあったかどうか。あとは構えたところに寸分たがわず、ボールが吸い込まれていった。エースではない投手ですらこれだけコントロールが良いのだから、プロはとんでもないところだと認識しましたね」
実際にプロを経験し最も制球が良いと思ったのは、くしくも阪神キャンプを見に行った61年にプロ野球記録となる42勝(14敗)を挙げた西鉄の鉄腕・稲尾だそうだ。
外角を狙ったつもりが内角、あるいはその逆に行くボールを「逆球」と呼ぶが、高橋氏が本人に尋ねると、「プロに入って投げた逆球? オレも結構な球数を投げてるけど、そうだなぁ……」とクビをひねった後、「ひょっとしたら片手くらいはあったかもしれない」。
えっ、たった5球?
「それでも(逆球を)投げた記憶はない。覚えてる限り(外角や内角を狙って)真ん中まで」と答えたという。