自殺した名ハードラー 依田郁子さんが試合前に行った儀式
その言葉に依田はうなずき、マンツーマンで指導する吉岡に従ってきたのだ。
そして、本番の64年東京オリンピック――。80メートルハードルに挑んだ身長164センチ・体重53キロの依田は、いつものようにスタート前は依田劇場で観客を魅了し、予選と準決勝を2位で通過。メダル獲得が期待されたが、結果は5位入賞だった。競技終了後、依田は吉岡隆徳の元に駆け寄り、黙ってたばこに火を付けた。1年間禁煙してきた師匠へのささやかなお礼だ。
首つりで命を絶った依田郁子。実は彼女には“前科”がある。60年ローマ大会出場を逃した際も、睡眠薬で自殺を図ったことがあるからだ。
64年東京オリンピックから56年、依田の予期せぬ死から37年を経た。しかし、彼女の打ち立てた金字塔は色あせることはない。日本女子陸上競技史上、個人短距離で決勝進出を果たした者は、いまだに依田郁子のみである――。
▼よだ・いくこ 1938年長野県生まれ。上田染谷丘高校卒業後にリッカーミシン入社。“暁の超特急”吉岡隆徳に師事し、80メートルハードルの日本記録を12回塗り替える。東京五輪陸上女子80メートルハードル5位。65年に結婚して宮丸姓。