<9>三村君は高橋尚子に嘘をついてソールの厚みが異なるシューズを渡した
高橋は小出監督の姿を探しているのか、バックスタンドの方にやってきた。私たちの姿を見つけると笑顔で駆け寄り、私から日の丸を受け取り、ウイニングランで歓声に応えた。アシックスのシューズを履いた日本人選手が五輪マラソンを優勝したシーンは感無量だった。
スタジアムを出ると、三村君がおもむろに口を開いた。
「実は、誰にも話していないことがあるんです。でも、済んだことです」
「その話、当ててみようか。高橋には左右の高さが違うシューズを渡したんやろ」
「どうしてわかるんですか」
「君ならそうすると思ったからや」
■センターポールに日の丸が
三村君の打った大芝居は、シューズ職人の経験と技術、そして自信に裏付けされたものではあるが、結果はどうなるかわからない。もしも高橋が惨敗でもしようものなら会社に辞表を提出し、シューズづくりをやめる覚悟だったという。