<9>三村君は高橋尚子に嘘をついてソールの厚みが異なるシューズを渡した
「左右の高さが同じ、以前の靴に戻して欲しいです」
シドニー五輪の直前、高橋尚子からこう言われたシューズ職人の三村(仁司)君は悩んだ。高橋は左右の脚の長さが違う。普通のシューズではバランスが悪い着地で再び故障するかも知れない。レース中に痛みが出て結果が残せない可能性もある。三村君は小出監督も交えて3人で話し合い、高さが同じ靴に戻すことを約束した。ここまでの話は知っていた。
レース当日。私は三村君とオリンピックスタジアムのスタンドで高橋のスタートを見送ると、途中経過をテレビで見るためアシックスのサービスステーション(SS)へ戻った。三村君はなぜか元気がない。
レースは終盤に入り、優勝争いは高橋とリディア・シモンに絞られた。35キロ手前、高橋がサングラスを投げてスパートをかけた。
トップで戻ってくることを願いつつ、三村君と再びスタジアムのスタンドへ。
先頭で競技場に入ってきた高橋は追いすがるシモンを8秒差で振り切り、1着でゴール。時計は2時間23分14秒。五輪最高記録だった。